農林水産省に「「食」の将来ビジョンに関する検討本部」が立ちあがりました。農林水産大臣を長として、その下に各省の政務官が名を連ね、有識者もメンバーになっています。私もそのメンバーの一人に名を連ねていますが、実はこの検討会はこれまでになかった画期的なものです。
これまで農林水産省が扱ってきたのは「食糧」でした。米や麦の生産量をどうするか、価格をどうするか、流通をどうするか、貯蓄はどうするか…。国民の食糧を守るために仕事をする役所でした。その対象は主に農家などの生産者でした。
現に今は牛や豚の口蹄疫の問題で大騒動の渦中にいます。赤松前農水大臣はこの問題への初期対応の遅れを指摘され、留任が多かった菅内閣スタートの時に自ら身を引くようなカタチになりました。この口蹄疫の問題も牛や豚をあくまで食糧という視点から対応しています。
今回の検討会が画期的だというのは、その農林水産省が「食糧」ではなく、「食」を入り口に将来の在り方を考えようとしている点です。言葉というのは面白いものです。言葉が違うと見えてくる景色も全然違ったものになってきます。
食というと、私たちはまず何を思い浮かべるでしょうか?美味しいかどうか、どんなお店か、料理人はどんなこだわりの人か、身体にいいかどうか、値段はどうか、安全かどうか…などなど。
日本人は美味しい食に関しては世界一のこだわりを持った国民ではないでしょうか?テレビや雑誌では毎日数え切れないほどたくさんのグルメ情報が放送されています。美味しいラーメン屋の情報だけでもこんなにあるのかと思うほど、ネタには尽きません。料理を作る職人の技にも私たちの興味は引かれ続けます。
世界中の料理が日常的に食べられるのも日本の食の特徴です。中華、イタリアン、韓国、インドなど、異国の食という意識すらなくなっているでしょう。和食にしても、寿司、天ぷら、焼き鳥、鍋、お好み焼き…とバラエティに富んでいます。
地方独自の郷土料理も数え上げればキリがありません。各地の名産品、特産品、新鮮な魚や野菜などを使った個性豊かな料理の数々、そこには地方ならではの歴史と文化が脈々と引き継がれています。
これこそまさに「日本の食文化」です。そしてそれは世界に発信する値打ちのある誇るべき日本の文化です。実は今回の検討会ではこういったことも検討の対象にしようとしています。すなわち、「日本の食文化」を積極的に世界にアピールしていくために政府は「戦略的なマーケティング展開のための連携」をいかに進めるべきかを検討しようとしているのです。これまでの農水省にはありえなかった発想、視点です。
また、最近は特に食は身体にいいかどうかも私たちの大きな関心の対象です。メタボ対策が国家目標のようになり、脂肪を燃焼させるとか、カロリー、ダイエット、コレステロール、ビタミンなどの言葉が食品の宣伝文句として溢れています。食を入り口にすると、こういう分野も視野に入ってきます。
今回の検討会には「医療・介護・福祉との連携」という検討項目があります。私は初会合の場でも発言しましたが、「これこそまさに最も画期的なこと」なのです。農水省の検討会で医療・福祉を議論するというのですから…。検討会の資料には「農医食同源」という表現がありました。これは「医食同源」という漢方的発想と農業をドッキングさせようということです。
その他、「生涯食育社会」を目指して食に関する教育の在り方を検討したり、「農山漁村コミュニティの再生、地域活性化に向けた連携」、つまり食にこだわることで高齢化・人口減少が進む地域の活性化を目指そうという項目もあります。少し欲張りな気がしないでもありませんが、これらを統合的に国民運動として展開していこうというのです。
いずれの問題にしても農水省だけで済む話ではありません。そのためにいろいろな省庁と横断的、統合的に検討していくための枠組みを作ったのです。これまで日本の行政は縦割りという批判を受けてきました。食の安全やBSEの問題が起きた時などでも、厚労省と農水省の仕事が複雑に混在していて、問題解決の障害になっていました。牛は農水省の管轄で、牛肉は厚労省の管轄だというのですから。
置き去りにされていたのは消費者でした。消費者庁という役所が作られ、行政にも変化は起きつつありました。しかし、私が見ているかぎり、今回の検討本部こそ、これまでで最も実のある変化の具体策ではなかったでしょうか。
この検討本部の初会合の前に、農水省の官僚が私の元へレクチャーに来てくれました。私は彼の話を聴きながら、「よくこんな画期的な検討会を立ち上げることができたものですね。これは素晴らしいと思いますよ」と言いました。すると、彼はビックリするような顔をしてこんな風に語ったのです。「何を言ってるんですか?黒岩さんからこの会が始まることになったんですよ」
私は一瞬、彼が何を言っているのか、分かりませんでした。しかし、この会の立ち上げに到るプロセスの説明を聴いて、理解することができました。
実はある私的な勉強会でたまたま出会った農水省の役人に、私は自分が班長となってまとめた「漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のための研究会」の報告書について語ったことがありました。漢方と西洋医学を融合させたことによって、私の父の末期の肝臓ガンが完治したという話を本に書いたというのはこの欄でも書いたことがありました。その本がきっかけとなり、先の研究会の班長を務めることになり、医学の東西融合の重要性を訴えることになったのでした。
その研究会の結論として、医食同源の考え方を食育というカタチで国民に広めていくことや、生薬の材料となる食材を日本の休耕田を使って栽培するべき、さらには植物工場やバイオ技術を使って生薬を作るべきなどの提言を取りまとました。私はその内容を紹介しながら、酒の勢いもあって彼に熱く語っていました。
「畑で薬を作る、つまり畑が製薬工場みたいになるってこと。農水省や厚労省やって別々に考えていると絶対に浮かばない発想でしょ。これは地域再生にもつながるはずだから、総務省も関わってくる。医食同源によって未病を治すという漢方の哲学こそ超高齢社会を救うことになるはずですよ。こういうテーマは省庁横断的に国家戦略として取り組むべき課題ではないですか」と、彼に熱く語っていたのでした。
その数日後、彼は上司の課長を連れて私のオフィスにやってきました。課長が私の話にたいへん興味を示したというのです。とっても視野が広く、柔軟な発想をする人でした。実はそれがきっかけとなり、その二人が農水省内をまとめただけでなく、他省庁も回って熱心に説得し、こういう検討会を始めることになったというのです。
私は感動していました。官僚のことはとかく悪く言われることが多いですが、こういう優秀な人もいるんですね。官僚には頭の優秀な人は大勢いますが、各省にまたがるような課題を国家戦略的発想ができる人はきわめて少ないというのが、私のこれまでの実感でした。せっかく誕生した会ですから、成果を上げられるように私も積極的に関わっていきたいと思っています。
食を入り口に考えた時、ナースにも新しい可能性が拓けてくるはずです。ぜひ、みなさんでも考えてみて下さい。私には腹案があります。近々、発表することになるかもしれません。それに関しては次回に詳しくお伝えしたいと思っています。(完)