中国の食品の安全性について、耳を疑うような悪質な偽装、違反行為の数々が連日、メディアを賑わしています。北京の露店ではダンボールとひき肉を混ぜた肉まんが販売されていたと報じられました。使用済みのダンボールを劇物のカセイソーダに浸して、しかもひき肉4に対し、ダンボール6の割合で混ぜていたと言いますから、聞いているだけで気分が悪くなってしまいそうです。(ただ、この報道そのものがやらせだった疑いだと言われ、何が真実なのかさっぱり分からなくなってしまいましたが・・・。)
日本でもミートホープの牛肉偽装事件が明るみに出たばかりでしたから、決して偉そうなことは言えません。しかし、ミートホープは牛肉と偽って豚や鳥を混ぜていたとか、使用期限を越えた肉も混ぜていたという偽装でしたから、ダンボールを肉まんに使うという奇想天外な発想から比べれば、可愛いものという気さえしてしまいます。
屋台の肉まんだけならまだ特殊な感じもしますが、日本にも輸入されている蒲焼用に加工されたウナギからは大腸菌や、使用が禁止されている発がん性物質のマラカイトグリーンなどが検出されたり、歯磨きからは成分表示されていない有毒化学物質のジエチレングリコールが見つかったりしています。すでに私たちの日常生活も脅かされていると言わざるをえない事態にまで至っているようです。
中国政府もこういった事態を重く受け止めており、中国国営テレビであえてそういった問題食品を暴く番組を放送させています。毎週毎週、問題食品のネタが続くことも驚きですが、国のイメージにとってマイナスになる番組をあの中国政府があえて放送させているというのもよほどのことなんだろうという気がします。
前国家食品薬品監督管理局長が偽薬を承認し、製薬会社などから約1億円のわいろを受け取っていたことが発覚しました。日本でも公安調査庁前長官が監視すべき北朝鮮の出先機関の朝鮮総連から5億円近くも詐取していた事件があったばかりですから、これも私たちとしてはあまり偉そうなことは言えません。でも、この局長には死刑の判決が出されて、あっという間に執行されてしまいました。日本人の常識からすれば、強すぎる政府の怖さに震える思いですが、中国政府流に断固とした姿勢で腐敗に立ち向かっているということなんでしょう。
来年に迫った北京オリンピックを成功させるためには、今のうちに荒療治であっても膿を出し切っておかなければならないという中国政府の切羽詰った思いがあるにちがいありません。最悪の場合、食に対する不安から、参加ボイコット騒動に発展することだってありえるかもしれません。今は冗談のようにも聞こえますが、食材にはどんな薬物が使われているかもしれませんから、選手はみんなドーピングにひっかかってしまうのではないかと心配する専門家もいるのです。
私は前にもこの欄に書きましたが、中国伝統医学と西洋医学をドッキングさせた中西医結合医療が西洋医学一辺倒の日本の医療を救うことになると確信しています。それだけに、こういうニュースに接することは、たいへんショックでもあります。最近は少しずつ、漢方に対する関心も理解も高まってきていただけに、せっかくの流れが 逆行してしまうことはあまりにも失うものが多いような気がします。
私はこの4月、たまたま訪れた四川省で漢方薬の卸売り市場を見てきました。植物の根っこや実、花などを干したものや、亀から蛇、鳥、虫までありとあらゆる動物を基にした生薬の数々がぎっしりと並んでいました。中には、冬虫夏草のような日本でも有名な超高級品もありました。それらを無数の業者が市場独特の喧騒の中で声を枯らして売っているさまには圧倒されてしまいました。
もしかしたらあの中にも農薬まみれの生薬も混じっていたかもしれません。煎じて飲んだら栄養素だけでなく、毒素が出てしまうものだってあったかもしれません。もちろん、業者は完全な野放しでやりたい放題というわけではなく、中国政府も抜き打ち検査をして、品質には目を光らせているはずです。しかし、あれだけありとあらゆる知恵を絞らせてくる中国人もたくさんいるようですから、100%の品質管理などは望むべくもありません。
こういった状況ですから漢方薬そのものに不審の目が向けられても仕方ありません。ただ、それが漢方文化の否定につながってしまうのは行き過ぎの過剰反応だと私は思うのです。漢方は中国4000年で培われてきた文化の体系です。人間のいのちにいかに向き合うかについて、西洋医学とは違った視点から追求して築き上げてきた教えです。
西洋医学に浸りきった私たちの頭には、学ぶべき点がたくさんあると思います。病気になってから治すというよりもむしろ、病気にならないようにするための知恵に優れています。「未病を治す」つまり病気になる直前状態を改善し、病気になることを防ぐというのが漢方の根本哲学です。予防の必要性への認識は西洋医学の世界でも、ようやく高まってきましたが、残念ながらその具体策は提示されていません。
最近、この「未病」という言葉はCMなどでも使われるようになり、少しずつ浸透してきました。薬だけではなく、食のあり方、心の持ち様、生き方、自然との付き合い方、健康法などありとあらゆるものを総動員して病気にならないようにするという発想は、西洋医学が置き去りにしてきた養生の知恵です。
老化というのは病気になりやすい身体になっていくことでもあります。老化を防ぐというのは単なる美容のためだけではなく、最大の予防、すなわち未病を治すことでもあります。不老不死は漢方の目指す究極の理想です。最近は「老化」という言葉には暗い響きがあるというので、「抗加齢」という言葉が一般化しています。アンチエイジングはブームにもなっています。
しかし、「抗」はやはり抵抗の抗ですから、年が加わっていくことに抵抗するという響きがあります。「アンチ」というのもきわめてネガティブな言葉です。もっといい言葉がないかとずっと考えてきましたが、これからはこういう言葉を使おうと思っています。それは「ヘルシーエイジング」です。身体の若さを保ちながら年を重ねていくこと、それが病気にならないために最も大切な生き方だというメッセージです。
世界的なファッションデザイナーのコシノヒロコさんは私の大切な友人ですが、70歳だと聞いて仰天しました。側で見ると少女の可憐さを感じさせるとてもチャーミングな女性です。まさにヘルシーエイジングのお手本のような存在です。この若さの秘密は何かを分析するため、私の父の末期の肝臓ガンを漢方と西洋医学の併用により完治させてくれた医学博士・劉影(リュウイン)先生とコシノさんに対談をしてもらいました。劉影先生は未病医学研究センター所長で、まさに未病という考え方を日本に広めようと20年にわたって努力を続けてきた女医さんです。
この対談を元に本を作りましたが、タイトルがなんと「120歳までキレイでいたい」(扶桑社)です。120歳まで生きるというのではなくキレイでいたいというのですから、スゴイ話です。しかし、この二人の対談を聞いていると、生き方次第では可能だという気がしてくるから不思議です。
実はこの対談があまりに面白かったために、新しい番組を立ち上げることにしました。私はこの番組によって、漢方文化の素晴らしい部分が日本人の発想の中に根付いていけばいいなと考えています。それが誰よりも日本人自身にとって救いになると確信するからです。医療費の増大を抑えるためにも、高齢者が元気で明るく楽しく過ごせる社会を実現するためにも、最も重要なことだと私は思っています。それだけに今この時期に、中国の食品の安全性に対する不信が募ることは残念なことです。それは番組がうまく行くかどうかというプロデューサー的な発想ではなく、日本の医療のあり方を変えたいと思う一人のジャーナリストとしての思いなのです。
(参考) 「リュウイン先生の楽食美人〜漢方の知恵でヘルシーエイジング」
(BSフジ、8月23日(木)22時30分〜、隔週で放送)
劉影先生の元にゲストがやってきて、漢方の診断に基づいて、食材を選び、世界のミクニこと三國清三シェフが調理し、ヘルシーエイジングについてトークするという番組です。 私はプロデューサーに徹し、司会は八木亜希子さんにお願いしました。