第31回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第31回 〜中国製冷凍ギョーザ中毒事件を考える〜

 中国の毒入り冷凍ギョーザ事件は捜査が難航しているようです。当初、使いすぎの農薬が残留していたのではないか、あるいは不衛生な工場で起きたトラブルかとも見られていました。しかし、当該工場の衛生管理が我々の想像以上にしっかりしていたことや、国内での事件の発生の様子などから、製造過程で何者かによって故意に混入された疑いが強くなってきました。

 こういった事件をどう捉えるべきか?私は毒物テロだと見るべきだと思っています。ウィルスなどの生物兵器を使ったバイオテロ、サリンなどの化学物質を使ったケミカルテロ、持ち運び可能な原子爆弾を使ったアトミックテロなどと並ぶ悪質なテロです。これらはNBCテロと呼ばれ、新しい戦争とまで言われている現代社会の脅威です。

 しかし、一般的な受け止め方としては中毒事件という印象が強く、テロという言葉はしっくり来ていないのではないでしょうか?だからこそ、私はあえてテロという言葉を強調したいと思っているのです。なぜなら、今回の事件が発生した後の対応を見ていると、日本の国としてのテロに対する危機管理の脆弱性が改めて浮き彫りになったと思わざるをえないからです。

 私は1997年から2年間、ワシントンに赴任していましたが、その間に最も熱を入れて取材したのがアメリカで進みつつあったNBCテロ対策でした。ワシントンでは毎週のように、NBCテロ対策のフォーラムや会議が行なわれていました。どうしてこの時期にこんなに大騒ぎしているのか不思議に思って、各会場に足を運びました。すると驚いたことに、すべての会議は日本の話から入るのです。すなわち、「1995年の東京地下鉄サリン事件はNBCテロ、新たな脅威の幕開きだった」というのです。

 東京地下鉄サリン事件は日本ではオウム事件という認識が強かったために、オウム真理教に強制捜査が入ってからは一気に熱が冷めていました。しかし、アメリカではこの事件を新たなテロと見ていました。こういったテロは必ずアメリカ国内でも起きるという想定の下に、対策を急いでいたのです。

 私は1999年5月、「生物・化学テロ緊急対策を急げ」という論文を文藝春秋に寄稿しました。「喉元過ぎると熱さ忘れる」というのは危機管理にとっては最もいけないことだと訴えたのです。日本政府の動きは遅かったのですが、それでもとりあえず2001年に厚生労働省が「地域健康危機管理マニュアル」をまとめました。日本版バイオテロ対策ともいえるものです。

 その中でいざ健康に対する重大な危機が生じた時は、保健所が健康危機管理の拠点となるべきだとされていました。私はその時から、保健所にそれだけの機能を期待するのは無理があると思っていました。そもそも保健所は5時になったら閉まってしまう典型的なお役所です。しかも保健所長の医師は、危機対応に慣れているようなタイプではありません。1998年の和歌山カレー毒物混入事件の際も、事件発生当初に保健所長が「食中毒の疑い」と発表したことから、医療機関が間違った対応をすることになり、被害拡大につながってしまいました。初動の圧倒的なスピード感が求められる危機対応にふさわしい組織とはとても思えませんでした。

 ガイドラインでは24時間態勢にすることも明記されてはいました。しかし、夜間の電話転送が行なわれるようになっただけで、カタチだけのお粗末なものでした。今回、そのお粗末ぶりが一気に表面化してしまいました。毒入りギョーザの被害を訴えるメールが年末に届いていたにも関わらず、それを保健所が確認したのは1月4日だったと言います。しかも、異常を感じた消費者が持ち込んだ冷凍ギョーザを検査できないと突き返したと言うのです。

 NBCテロに対する対応で最も大切なことはスピード感です。いち早く異常事態を把握して、関係各所が連携して統合的に対応しなければなりません。テロかどうかは二の次です。テロであろうが、事故であろうが、自然発生であろうが、まずは起きた事態を最小限に収めることが最も優先されるべき課題です。そのためには情報をいち早く関係各所で共有する態勢が大切なのです。そもそも今の保健所が健康危機管理の拠点たりうるのか、根本的な見直しが必要ではないかと私は思います。

 ところで、ナースのみなさんこそ誰より早くNBCテロの被害者に向き合う可能性は大きいですね。運び込まれてきた患者の状態から異常事態を素早く感知できるかどうかで被害の規模も変わってくるかもしれません。保健所に通報するべきかどうか、どの段階で通報に踏み切るか、その初動の鍵を握っているのがドクターとナースです。普段からそういう感性を磨いていることが大事になってきます。

 新型インフルエンザの恐怖が喧伝されていますが、これも初動が重要です。これだって、自然発生で起きるかどうかは分かりません。何者かが意図的にウィルスを国内に持ち込み、撒き散らすことによって感染爆発を起こさせるかもしれません。これこそ最も恐るべきバイオテロです。本来はそういうことを想定して、医療機関と警察、消防、行政などが一体となった対応訓練を実施した方がいいのですが、日常業務が忙しすぎてそこまで手が回らないというのが現状でしょうね。

 少なくともナースは健康危機管理の最前線を守っているんだという自覚だけでもしっかりと持っておいていただきたいと思います。中国の冷凍毒入りギョーザ事件を見ながらそんなことを考えた次第です。





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