「民主党政権における医療政策は?」と聞かれて、パッとイメージできる人は誰もいないでしょうね。私にもさっぱり分かりません。おそらく民主党の国会議員も誰も分かっていないんじゃないでしょうか?そもそも長妻厚生労働大臣が方向性を示しているとは思えません。示さないんじゃなくて、示せないんじゃないでしょうか?
長妻大臣は年金記録問題についてはよくお勉強されていましたが、医療については全くの素人でした。それは私が「新報道2001」のキャスターをやっている時から、感じていたことでした。
彼がとても真面目で有能な政治家であることは私も大いに評価しているところです。年金記録問題について語る時のあの論理明快、迫力ある追及は見事でした。しかし、話が医療問題に移った瞬間、事前に用意したメモを読み上げるばかりで、質問してもまともな答えができなくなるのです。私はその落差に愕然としていました。
彼が年金記録問題を暴き出したことは民主党が大躍進をするきっかけとなったことは間違いありません。それゆえに、鳩山総理もその功績に報いるために大臣ポストを用意したのです。
もともと彼に用意されていたのは行政刷新会議担当大臣でした。行政の無駄を追及していた彼にとっては最高のポジションだったのではないでしょうか。ところが、彼は副大臣でもいいから厚生労働省を担当したいと言い張ったのだそうです。年金記録問題に自分でカタをつけたいと思ったのでしょう。
鳩山総理は功績のある長妻氏を副大臣にするわけにはいかないと考え、厚生労働大臣に内定していた仙谷氏を行政刷新担当に廻し、長妻氏を大臣に据えたのです。そういう意味では長妻氏にとっても期せずして厚生労働大臣になったということだったようです。
普天間の基地移設問題がメディアの最大の関心事となったために、表面化しないですんでいますが、厚生労働行政は今、何の展望も示さないまま、宙ぶらりんになっているような状況です。
民主党はライフイノベーションを成長産業にすると明言しています。つまり、医療・介護を成長産業にすると宣言しているのです。それはいったい具体的にはどういうことなんでしょうか?そこを具体化させるのが厚生労働大臣の仕事のはずです。しかし、目指すべき方向性さえ見えてきません。
私は行政刷新会議の規制・制度改革の分科会のメンバーであるとともに、その下のライフイノベーションのワーキンググループにも名を連ねています。つまり、医療・介護の分野での規制改革案をまとめるべき立場にいるのです。医療・介護分野はたくさんの規制でがんじがらめになっている世界です。
保険診療と保険外診療を併用できるようにするいわゆる混合診療の解禁、一般医薬品のインターネット等での販売規制の緩和、レセプト等医療データの利活用推進などなど、規制改革の対象となる項目はたくさんあります。しかし、すべてはこれまでも散々、議論され尽くしてきたテーマばかりです。もちろんこれまでは自民党政権でしたから、政権が交代した以上、方針が変わってもなんの問題もないはずです。
ところが、肝心の民主党政権の方針が示されないものですから、私たちは議論のしようもないのです。私は会の中でも次のように発言しました。
「一つ一つの項目について、すでに議論は尽くされてきたはずですから、一から議論をやり直してもなんの意味もありません。それぞれの項目は誰がどういう利用で反対しているのか、すでにはっきりしているはずです。後は、政治の決断です。やるかやらないか、政権が決めて実行に移すかどうかだけです。それさえ決めてくれれば、一つ一つの規制はどうあるべきか、答えはすぐに出るはずです」
たとえば、民主党政権はメディカルツーリズムを積極的に進めていきたいと考えているというような話も漏れ伝わってきていました。メディカルツーリズムとは外国から検査や健診を兼ねて日本に観光に来るというような意味で使われていることが多いようですが、本来は外国人の患者を日本の病院で受け入れ、治療をするということです。
中国の大金持ちやアラブの大富豪には日本の最先端の医療を受けたいというニーズがあるそうです。そんな大富豪が日本の病院で金をたくさん使ってくれるなら、こんなに有難いことはありません。成長産業にすることも可能でしょう。
彼らを受け入れるために何が必要なのかを考えた時に、真っ先に浮かんだのは医療ビザの発行でした。それはビザに関する規制を緩和するだけでできる話であって、それほど難しい話には見えませんでした。ただ、アラブの大富豪などは患者が家族とだけ来るのではなく、召使いや料理人まで連れてくるそうですから、ビザの範囲は想像以上に広くはなりそうです。
でも、メディカルツーリズムがすんなりと受け入れられるとは思えません。日本の医療が崩壊に瀕していると言われ、救急車のたらいまわしが再び日常化していることが問題視される中で、外国のお金持ちを最優先して病院に受け入れることを日本人が歓迎するはずもないでしょう。優先すべきはアラブの大富豪ではなく、日本人ではないかと…。
私は外国人の患者を受け入れるというなら、それをきっかけとして日本の医療を“開かれた医療”に変えるべきだと考えています。日本の医療は日本人の、日本人による、日本人のための医療であって、まさに“閉ざされた医療”です。それを開かれた医療にするというのは、患者だけではなく、外国人の医師や看護師をもっと広く受け入れて実際に診療行為にあたらせることや、国内未承認薬の使用を特別に許可することなどです。そのためには特区制度の活用というカタチになるかもしれません。
外国の優秀なドクターを受け入れることによって、日本の医師や医学生が世界最先端の手術に触れる機会ができるかもしれない、それはとても大きな意義があると教育上のメリットを指摘する専門家もいます。海外で認可されているのに、日本では認可が遅れている薬や医療機器がたくさんあるというドラッグラグ・デバイスラグの問題なども、一気に解決することもできるでしょう。
また、外国人の患者のために情報も開く必要が出てくるでしょうから、広告規制の緩和なども必要になってきます。外国の患者受け入れを積極的に進めていくためには、地域ごとにベッド数が規制されている今の地域医療計画も撤廃するべきでしょう。
“開かれた医療”にするということはこのように医療の構造的改革につながる話です。こういう大きな方向性を政権が示すことが、政権の仕事ではないでしょうか?しかし、メディカルツーリズムには関心を示しているとはいうものの、それをグランドデザインの中にどう位置づけるかというようなビジョンが全く語られないのです。
そうこうしているうちに、事態は複雑化しようとしています。日本医師会が民主党推薦を言いだしたのです。これまで自民党べったりだった日本医師会が態度を変えたのですから、民主党にとっては歓迎すべきなはずです。日本医師会会長選挙で前回の衆議院選挙で中央の意向に逆らって、民主党支持に回った原口氏が会長に選ばれました。ですから、原口医師会が民主党推薦を表明するのは、違和感のある話ではありません。しかし、私は民主党にとっては決して喜んでばかりいられる話ではないと思っています。
なぜなら、日本医師会は混合診療反対、医薬品のネット販売反対、メディカルツーリズム反対…、すべての規制改革に反対の姿勢を表明したのです。日本医師会が大きく変わったのかと期待したのもつかのま、体質、主張は何も変わらないままであることがはっきりしてきたのです。
さて、民主党にとって厳しいと言われる参議院選挙が近づいてきて、民主党政権は推薦母体となりうる日本医師会の意向に逆らって、グランドデザインを示せるかどうか…。明確なビジョンを示さないままにやってきたツケが回ってきたと言えるかもしれません。民主党政権はここでも正念場を迎えていると言えそうです。(以上)