第28回【老年看護学の現在】黒岩祐治(神奈川県知事)プレミアムインタビュー

黒岩祐治のプレミアムインタビュー

第28回 老年看護学の現在

看護師の定着率を高める

黒岩:こんにちは。本日はようこそいらっしゃいました。

叶谷:こんにちは。どうぞ宜しくお願いします。

黒岩:叶谷先生は老年看護学がご専門なんですね。老年看護学の現状はいかがですか。

叶谷:高齢者に対しての看護は扱う範囲が広く、高齢社会ゆえに課題も多いです。成人看護ですと病院での実習が中心になるのですが、今は高齢者が多いですから、急性期病院の看護であっても老年看護学の視点が必要になります。もちろん、在宅医療や介護分野でもそうですし、求められる場が多岐に渡っているのが特徴です。

黒岩:これからも高齢社会が続いていきますので、さらに重要になりますね。神奈川県では超高齢化社会の逆ピラミッドになってしまうまでのスピードが早いと予想されています。

叶谷:私も逆ピラミッドについては授業でよく話していますね。

黒岩:高齢者が増えすぎるとどうなるんでしょうか?今までのように病気になったら病院にいくということが続けられるとは思えません。とても病院だけでは支えられるものではないでしょう。そこで、神奈川県では「未病を治す」ことを打ち出しています。健康から病気へとグラデーションで連続的に変化する、その未病の状態から治さないといけません。そのためには薬に頼るのではなく、食生活やライフスタイルの改善が必要です。この分野と老年看護学は重なりますね。

叶谷:そうですね。これからはQOLが重視されます。病気をしないというのではなく、健康寿命です。生き生きと年を重ねていくという考え方がないと、医療も追いついていけません。高齢者の方々も支えられるだけでなく、自分たちで自分たちを支えるという政策がないと間に合わないでしょうね。

黒岩:従来のシステムでは病気と健康ははっきりと分かれていました。医師や看護師といった医療職は病気の人を診る専門家であり、そのための教育を受けてきて、専門性も伸ばしてきたわけです。ところが、未病はグラデーションの部分にありますので、どこからどこまでという分け方が通じません。健康な人の中にも「今日は何となく具合が悪い」というような未病がありますし、うつ病のような心の病もあります。今後は医療の概念そのものが変わっていくでしょう。

叶谷:私もそう思います。

「未病を治す」看護教育を

黒岩:そこで、看護教育の質も変わらざるをえないでしょうが、横浜市立大学ではどのような現状ですか。

叶谷:最終的には国家試験を受けないといけませんから、現段階では厚生労働省の看護師学校養成所指定規則に縛られています。看護師の資格を取得するにあたっての必要最低限のカリキュラムが多いんです。文部科学省ではそれももちろん必要ですが、大学独自のカラーを出した教育をと言っていますが、大学独自のカラーをどう打ち出すのかは難しいですね。文部科学省は教育改革に必要な助成金を出すと言っていますので、いわゆるGPと呼ばれるグッドプラクティスに挑戦する大学も出てきています。平成26年度は病院のみならず、急性期から看取りまでを地域で看る看護師の養成がテーマになっていますし、大学も従来の医療モデルを脱却して生活モデルに向かわないと、国民のニーズに応えられないでしょうね。

黒岩:未病を治す看護は地域を「面」で捉えていくことが必要ですね。保健師も看護師の範囲に含まれる仕事の一つですが、保健師の業務と老年看護学とはどんな関係にありますか。

叶谷:保健師はコミュニティが対象ですので、行政職になります。まちづくりといったシステムを構築する役割を担っていることが多いですね。一方で、老年看護学はシステムや政策も研究領域ではありますが、どちらかと言うと、高齢者特有の看護のスキルや技術を個別具体的に解決できるプログラムの開発などを行っています。

黒岩:神奈川県では前の日本看護協会会長の久常節子さんを顧問に迎え、保健師活動の中で未病を治す取り組みを3つのエリアを選んで実践しています。食生活の改善などを個別に指導しているのですが、これは老年看護学とも重なりますね。

叶谷:境界線はあまりありませんね。老年看護学とも重なりますし、教育現場では保健師活動については地域看護学という分野で行っていますので、この分野とも重なります。

黒岩:神奈川県は「未病を治すかながわ宣言」をして、食、運動、社会参加という3つの取り組みを始めています。社会参加を入れたのは退職後の男性が一人暮らしになったり、社会から孤絶してしまうケースがあり、未病を治す視点からしても良くないからです。退職後も社会やコミュニティに関わったり、地域の役に立つことをして、地域の人から頼りにされたりといったことが大事だと思っています。

叶谷:同感です。保健指導の中で食生活や生活習慣を見直すように言われても、すぐに変われるものではありません。自分がどう生きていきたいのか、生きがいを持った生活をどのように送りたいのかということを考えて、自分の内なるところからの必要性が出てこないと、食生活の改善などの動機づけやモチベーションにならないですからね。まずは社会参加をすることで生きがいが出て、そして健康な身体を作ろう、生活習慣を見直そうとなるべきです。

黒岩:しかしながら、西洋医学の医療で求められる看護では「どこが悪い、どこを治そう」という内容になりがちですよね。

叶谷:厚生労働省からの指定されたカリキュラムがありますからね。ただ、カリキュラムの中に地域看護学や老年看護学がありますので、生きがいを持った方の人生を楽しく支えていくという指導はしています。認知症予防などの予防医学的なことや健康増進についても各領域で行っているんですよ。

黒岩:横浜市立大学ではユニークなカリキュラムはありますか。

叶谷:看護生命科学の教育に特徴があります。基礎医学を基盤にした解剖学や生理学などの講義を看護師の資格を持った教員が指導しているんです。ほかの大学ではこういった科目は医師が教えるのですが、本学は看護師の専門家が教えていますから、予防医学からのアプローチなども行っています。また、その教授は薬剤師の資格を持っていますので、漢方薬の指導もしています。その教授は未病の学会にも入っていますよ。

黒岩:今は薬を処方して終わりという時代ではなく、栄養や食によって未病を治すという漢方的なアプローチも必要です。これは従来の看護学にはなかったことですが、今後は栄養学や漢方の研究者とも融合していかなくてはいかないでしょう。

叶谷:近代看護の祖と言われるナイチンゲールは、その人の持っている力を発揮させようということで衛生面や環境を整えていったのです。衛生面や環境を整えることで病気を治すのは看護の原則です。ただ、西洋医学では常に先端医療が求められていましたので、教育にあたっても、この比重が大きくなっていたんですね。でも、今ようやく原点に帰ってきたように思います。

黒岩:それは面白い視点ですね。



プロフィール

昭和55年 3月 早稲田大学政経学部卒業
昭和55年 4月 (株)フジテレビジョン入社
平成21年 9月 同退社
平成21年10月 国際医療福祉大学大学院教授
平成23年 3月 同退職
平成23年 4月 神奈川県知事に就任

フジテレビジョンでは3年間の営業部勤務を経て報道記者となり、政治部、社会部、さらに番組ディレクターを経て、昭和63年から「FNNスーパータイム」キャスターに就任する。その後、日曜朝の「報道2001」キャスターを5年間、務めた後、平成9年4月よりワシントンに駐在する。
平成11年から再び「(新)報道2001」キャスターに復帰する。自ら企画、取材、編集まで手がけた救急医療キャンペーン(平成元年~平成3年)が救急救命士誕生に結びつき、第16回放送文化基金賞、平成2年度民間放送連盟賞を受賞する。
その他、人気ドキュメンタリーシリーズの「感動の看護婦最前線」、「奇跡の生還者」のプロデュースキャスターを務める。「感動の看護婦最前線」も平成5年度と14年度の2度にわたって民間放送連盟賞を受賞する。さらに、日野原重明氏原案のミュージカル「葉っぱのフレディ」のプロデュースも手がける。
平成21年9月、キャスター生活21年半、「(新)報道2001」15年あまりの歴史に幕を閉じ、フジテレビジョンを退社する。国際医療福祉大学大学院教授に転身するが、神奈川県知事選立候補のため、辞職する。
平成23年4月23日に正式に神奈川県知事に就任し、「いのち輝くマグネット神奈川」の実現に向けて全力で取り組んでいる。

プロフィール

1967年に北海道函館市で生まれる。
1989年に北海道大学医療技術短期大学部看護学科を卒業する。
1991年に千葉大学看護学部看護学科を卒業する。
1993年に東京大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程を修了する。
1993年から1995年まで千葉県がんセンターに勤務する。
1998年に東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程を満期退学する。
1998年に株式会社ヘルスケアシステムズ看護管理部長に就任する。
1999年に東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科助手に就任する。
2002年に東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科にて論文博士号(看護学)取得する。
2003年に神戸市看護大学看護管理学助教授に就任する。
2004年に山形大学医学部看護学科地域看護学講座教授に就任する。
2012年に横浜市立大学医学部看護学科老年看護学領域教授に就任する。
2013年に横浜市立大学医学部看護学科長に就任する。日本看護科学学会代議員、日本看護研究学会理事、日本看護管理学会理事など。

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