第11回【准看護師養成停止を】黒岩祐治(神奈川県知事)プレミアムインタビュー

黒岩祐治のプレミアムインタビュー

対談者

第11回 准看護師養成停止を

准看護師養成停止を

黒岩:フジテレビで看護師の問題を取り上げ始めた当時、看護大学は全国に10校ぐらいしかありませんでした。今は200校ぐらいありますよね。

清水:200校を超えています。

黒岩:これは劇的な変化ですよ。こういう流れの中で、看護師が自律的な存在として、医療を支えていってもらわないといけません。私はいつも連携、協働、自律の医療と言っています。連携と協働はよく使われている言葉ですが、自律という言葉をあえて入れているのは何でも医師の指示のもとではなく、自分の専門性を活かして、その代わり、責任を持って自律した医療関連職種のあり方ということなんです。その代表が看護師ですよ。

清水:アメリカのナースプラクショナーは日本では看護師からも医師からも抵抗がありましたが、何よりも患者さんから信頼される看護師にならないといけません。医師と同じ仕事を看護師がきちんとできたうえで、プラスアルファのサービスがあればいいですね。看護師が患者さんにより認められるような存在になってほしいなと思っています。

黒岩:知事になる前に、認定看護師、専門看護師の取材をしたことがあります。彼女たちは自分の専門性を持って、病院全体を回っているんですね。取材のカメラが回っているときでしたが、患者さんが彼女たちに「先生」と呼びかけていたんです。看護師を先生と呼ぶ、これが大事なんだなと思いました。思わず、「先生」と出てしまうんですね。

清水:私は先生なんて呼ばれても、あまり嬉しくないですけどね(笑)。

黒岩:先生をやっていらしたじゃないですか(笑)。一方で、准看護師養成は減ってはきました。やはり今の高度な医療に対して、専門職としての准看護師養成は時代の要請に合っていないと思います。

清水:准看護師は本来はアシスタントナースですからね。でも、日本ではアシスタントナースとしてきちんと機能しなかったことが大きな問題です。

黒岩:准看護師が完全なアシスタントで、看護師と准看護師が別の仕事をしているのなら分かります。でも、同じ仕事ができるという法律になっていることが取材していて驚いたことですし、理解不能でしたね。

清水:看護師なのか、准看護師なのか、名札でも分からないですからね。准看護師という名札を付けている人はいません。皆が看護師ですもんね。

黒岩:准看護師養成の教育では足りないことが明らかにあるのに、看護師という名札はおかしいです。

清水:本来の看護師には様々な仕事があります。准看護師が看護師の指示を受けてやる仕事も多いのですが、看護師のいないところで、医師と働く場合も少なくありません。診療所は典型的な例ですね。でも、今は診療所から在宅医療の現場に行くケースも増えています。在宅ではより質の高い看護をしなくてはいけませんので、准看護師では困ると思うんです。

黒岩:医師会は「准看護師だからうちに来てくれる。看護師はうちになんか来てくれない」という言い方をして反対していますが、それは発想が違います。今、一番、求められているのは超高齢社会の中での看護です。多くの高齢者が地域にいますので、地域を「面」で抑えていかなくてはいけません。診療所が患者さんを待っているだけの時代ではないのです。そこで、優秀な看護師がいれば、「面」で抑えられますし、診療所が地域の拠点にもなりえます。それをせず、患者さんを待っているだけで、かつ「准看護師でないと来てくれない」と言うような従来型の開業医の発想は医療の改革を止めてしまっています。

清水:やはり、払うお金がないという問題も大きいでしょうね。看護師だと、准看護師よりもお給料を多く払わないといけないという発想があるのだと思います。私としては、もちろん診療所が看護師を雇い、看護師にはいい仕事をしてもらいたいです。看護師が准看護師のような手当だと来ませんよ。でも、仕事の中身が良くなれば来ます。しかしながら、今まで准看護師を医師会に養成してもらっていたという経緯もあります。国が医師会に任せていた問題は大きいのですが、医師会は看護教育から手を引いてほしいというのが本音です。

黒岩:日本医師会も一度は准看護師養成廃止に賛同したのですよ。平成8年の准看護婦問題調査検討会(注:当時の名称で記載)の報告書です。でも今、再び、日本医師会の抵抗は厳しくなっています。以前も、日本医師会は准看問題など論じるに値しない話だと言っていました。平成3年、テレビの討論番組の中で、日本医師会の代表者は「准看問題なんて看護界とマスコミが勝手に言っているだけだ。我々は被害者だ」と言うんです。私が「何の被害者だ」と聞いたら、「看護師は国が育てるべきものなのに、国がきちんとやらないから、我々開業医がお金を出し合って、学校をつくった。そして、忙しい時間を割いて、一生懸命に育ててきたのが准看護師だ。それを我々が悪いというのはどういうことだ」という答えでした。それで、私は「医師会の先生方にとって、准看護師養成は負担なのか」と尋ねたのです。そうしたら、はっきり「負担だ」と言われました。そこで「国がやればいいんですね」と聞いたら、「国がやるならよいし、准看護師にこだわっているわけではない」とも言っていました。准看護師養成の学校を看護師養成の学校に替えるなら、問題ないというのです。それにはお金がかかりますが、国が金を出せばいいという考えです。医師会が負担だという以上、准看護師の養成停止なら医師会も受け入れるだろうと思いました。その直後、日本と同じような准看護師制度があったイギリスが准看護師制度をなくしたと聞いて、行ってみました。ところが、イギリスは准看護師制度をなくしておらず、行なっていたのは准看護師養成の停止だったのです。つまり、イギリスは看護教育を改革したことによって、壁を乗り越えたんですね。そこで日本もイギリス方式によって看護教育改革を進め、准看問題を解決させようと訴えたのです。

清水:黒岩知事は以前からずっと一石を投じていらっしゃるんですね。神奈川県からいい方向性が出てくることを本当に期待しています。

黒岩:医師会は、やっぱり反対しています。

清水:医師会はまだ反対なんですか。

黒岩:すごいですよ。でも、私はきちんと手続きを踏んでいますし、強引ではありません。検討会には医師会のメンバーもいましたしね。その検討会の中で准看養成停止の方向性も出されたのですから。一番早い方法は来年度の学生募集の際に「准看護師の学生さんの募集は最後です」と告知することです。「あなた方が最後ですよ」ということを明示して募集し、その人たちが卒業する2年間は補助しますが、そのあとは補助金を出さないという方針です。それに対して、医師会は反対しているわけです。

清水:今はこういう状況ですから、准看護師の応募は多くなっているんですよ。

黒岩:看護師の数が足りないときに、何で准看護師養成制度の廃止に持ってくるのだとも言われました。しかし、検討会での中間報告は准看護師制度廃止ではなく、准看護師養成制度を看護師養成制度に切り替えるという話であって、数の不足に繋がる話ではないことは明らかです。それにも関わらず、医師会は准看護師制度自体の廃止という話にして、反対をしています。看護界が支援してくれると思っていたのですが、最初は神奈川県の看護協会は黙っていたのですよ。それで私が矢面に立たされてしまいました(笑)。

清水:信じられないです。

黒岩:看護協会としては、医師と一緒に働いているわけだから、様々なしがらみもあるでしょうし、地元では遠慮もあるのでしょうが、やるべきことをやってもらわないといけません。議会で、「現場で働いている看護師の気持ちを無視するな」と言われました。「何を言っているんだ、これこそが看護界の悲願ではないか」と反論しましたが、看護界の沈黙はつらかったです。やっと看護協会が立ち上がってくれて一気に流れは変わってきました。これに呼応して、看護連盟も准看護師養成停止ののろしを上げてほしいです。

清水:知事がこれだけ旗を上げて、やっているんですからね。

潜在看護師問題

黒岩:人材の問題で言うと、看護師資格があるのに働いていない人が多いのは問題ですね。医師の資格を持って働いていない人は少ないはずです。

清水:医師として働かず、ほかの仕事をしている人はいますけどね。

黒岩:看護師の場合は家庭の主婦も多く、子育てなどによる大変さもあるかもしれないけど、折角、持っている国家資格を捨てるのは国家的財産の損失です。しかし、医療が高度化していますので、現場を一旦離れてしまうと、なかなか戻れないんですね。戻るための支えはしっかりしていきたいです。看護連盟もしっかりやっていますよね。

清水:ハローワークにも特別な窓口を作りましたし、仕組みとしてはできています。私も厚生省時代からこの問題に取り組み、ナースバンクという仕組みを作りました。ナースバンクは今はナースセンターという名称に変わり、潜在看護師が登録して、教育をするというシステムで、看護協会が運用しています。しかし、あまり機能していません。リンクスタッフさんを前にしてどうかと思いますが、業者はすごいですね(笑)。私としては悔しくて、「何をやっているのか」と、協会にも、厚労省にも言いに行きました。もう少し活用しないと、勿体ないです。神奈川の看護協会も一生懸命やっていますが、大阪府豊中市ではユニークな事例があります。豊中市では潜在看護師に対し、市がお金を出して、訪問看護ステーションで研修させ、訪問看護師を育てているのです。これは大きな効果を上げています。潜在看護師の皆さんがおっしゃるのは現場に帰るためには勉強が必要なので、チャンスがほしいということです。しかし、皆さんはインターネットで探すだけで、看護協会には行かないんです。業者はいいこと、優しいことを色々と書いていますからね(笑)。看護協会ももっと宣伝しないといけません。

黒岩:情報がどれだけ行き渡っているかという問題はありますね。戻りやすい環境になっているということ、ニーズはあるということを伝えていきたいですね。実際に、求められているわけでしょう。求められているならば戻りやすいはずなのに、そうならないのは情報不足でしょうね。

清水:戻りやすくするためには勤務形態の見直しも必要です。3交代ができない人も多いでしょうから、そこも考えないといけません。一方で、看護師が働く場は多様化しています。

黒岩:そうですね。訪問看護で「面」を押えるのもそうだし、私が注目しているのは医療安全や危機管理の問題です。連携、協働、自律の医療の中での大きなポイントは医療職種だけでなく、地域住民を含めての連携や協働なんです。昨今、医療過誤が大きな問題になり、裁判にもなっています。私はメディアにいたから分かりますが、場所を間違えて切ったとか、患者さんを取り違えたという事故が起きたときに、信じられないことが起きたと大騒ぎになるんですね。そうなると、医療者は悪で、患者さんはかわいそうな人だという構図ができあがります。そういうことが頻繁にあると、患者さんは医療者に対し、ミスをしているのではないかという疑心暗鬼の目で見てしまうようになります。そうしたら、いい医療は絶対にできません。特に地域医療は地域住民と医療者が一緒に作っていくという構図がなくてはいけませんし、患者さんが地域の医療体制の現状を理解することも大切です。患者さんが自分たちはお客さんなのにという意識を一方的に持ち、対立関係に持ち込んでしまうと、「何で、あの先生は診てくれないんだ」という被害者意識に変わっていきます。今は医療者と患者さんが歩み寄って一緒に医療を作っていこうとすることが大事です。それでも現場では事故が起きてしまうんですね。そんなときに看護師の役割が大事になります。

―市立豊中病院では水摩明美さんという看護師が活躍なさっていますよね。

黒岩:水摩さんは院内メディエーターとして、見事な仲介役を務めていますね。患者さんが「あの先生にこんなことをされたんや」と言って怒鳴りこんでくると、水摩さんが出てきて、仲裁に当たります。院内メディエーターですから、患者さんから「お前は病院側の人間だろう」と言われることもあり、そうではないということを分かっていただくためにも、わざと患者さんの前で医師を怒鳴りつけたり、「謝りなさい」と言ったりするんですね。私が取材したときも、毎日のように、「うちの母ちゃんをどうしてくれたんや」と来ていた人が、水摩さんが入ったことで納得したシーンを見ました。そのご家族とは今はとてもいい関係になっていて、病院との信頼関係ができているそうです。こういう立場で仕事ができるのは看護師ならではですよね。医師が当事者の場合、看護師は「私は患者さんの立場に立っていますよ」というアピールができます。大問題になる前に現場で抑えていく立場は必要です。

清水:こういう仕事ができる看護師は増えていますね。そういう看護師が活躍することによって、ヒヤリハットの事例も少なくなっていますし、裁判も減少しています。彼女たちにはさらなる期待をしています。

黒岩:そういう看護師の仕事にはあらゆる経験が活きてきますので、医療現場を離れている潜在看護師であっても、離れていたときの色々な体験が人生の厚みとなっているはずですから、それを現場で活かしてほしいです。こういう仕事の仕方もあることが伝わっていくと、潜在看護師の皆さんも仕事に戻りやすくなるのではないでしょうか。

清水:そういう仕事ができる看護師が増えてくるのは本当に嬉しいことですね。



プロフィール

昭和55年 3月 早稲田大学政経学部卒業
昭和55年 4月 (株)フジテレビジョン入社
平成21年 9月 同退社
平成21年10月 国際医療福祉大学大学院教授
平成23年 3月 同退職
平成23年 4月 神奈川県知事に就任

フジテレビジョンでは3年間の営業部勤務を経て報道記者となり、政治部、社会部、さらに番組ディレクターを経て、昭和63年から「FNNスーパータイム」キャスターに就任する。その後、日曜朝の「報道2001」キャスターを5年間、務めた後、平成9年4月よりワシントンに駐在する。
平成11年から再び「(新)報道2001」キャスターに復帰する。自ら企画、取材、編集まで手がけた救急医療キャンペーン(平成元年~平成3年)が救急救命士誕生に結びつき、第16回放送文化基金賞、平成2年度民間放送連盟賞を受賞する。
その他、人気ドキュメンタリーシリーズの「感動の看護婦最前線」、「奇跡の生還者」のプロデュースキャスターを務める。「感動の看護婦最前線」も平成5年度と14年度の2度にわたって民間放送連盟賞を受賞する。さらに、日野原重明氏原案のミュージカル「葉っぱのフレディ」のプロデュースも手がける。
平成21年9月、キャスター生活21年半、「(新)報道2001」15年あまりの歴史に幕を閉じ、フジテレビジョンを退社する。国際医療福祉大学大学院教授に転身するが、神奈川県知事選立候補のため、辞職する。
平成23年4月23日に正式に神奈川県知事に就任し、「いのち輝くマグネット神奈川」の実現に向けて全力で取り組んでいる。

プロフィール

1935年に東京都に生まれる。1958年に東京大学医学部衛生看護学科を卒業後、関東逓信病院に保健師、看護師長として10年間、勤務する。その後、東京大学医学部保健学科助手を経て、厚生省(現 厚生労働省)看護課で、保健婦係長、課長補佐、課長として15年間、看護行政に取り組む。1989年の参議院議員選挙に自民党公認で比例代表区から出馬し、初当選し、看護をはじめ医療保健・福祉、環境問題などに関わる。その後、2期連続当選を重ねる。この間、労働政務次官、文教委員長、環境庁長官、少子高齢社会に関する調査会長を務める。2007年に政界を引退する。2008年4月に日本訪問看護振興財団理事長に、2009年5月に国際看護交流協会理事長に就任を経て、2009年6月に日本看護連盟会長に就任する。

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