第21回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

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水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第21回 風水と治癒環境-北ハワイ地域病院NHCHのユニークな方針-

 桜の開花予測が発表される季節となりました。みなさんお元気ですか?

 さて、前回全米一の統合医療施設「北ハワイ地域病院」(NHCH)を訪問したお話をさせていただきましたが、今回は、NHCHの診療方針や施設のあり方について興味を持った点をご紹介したいと思います。

 NHCHはPR(広報)情報がよく整えられた医療施設で、初めて訪れる人にも、繰り返し利用している人にも、わかりやすいリーフレットや定期的に発行されるペーパーなどが準備されています。

 私が訪問したときにいただいた資料に、とてもユニークな点がありました。

 それは、NHCHの在り方や運営方針・精神を表す66のポイントが箇条書きされたものです。なぜ66という数字になっているのかも不思議でした。最初から66ケと決めてまとめたのか、それともあれもこれもと挙げていったら66カ条になったのか・・・それは知る由もありませんが、そこには私たち日本人がつい説明を省いてしまうような「小さい点」や「当たり前」に思えるような内容・・・が分かりやすく丁寧に書かれていました。

 日本においても、特に大都市においては文化が多種多様になってきているおかげで、「当たり前」のようにみえるような点であっても、丁寧でわかりやすい解説を見かけることが増えてきたような気がします。NHCHはアメリカ合衆国というお国柄も手伝ってか、読み手の文化的背景が幅広く考慮されていると感じます。

 内容において特に興味をもったのは、東洋的な思想、なかでも「風水」的な知識がNHCHの精神に非常に強く影響をしている事でした。私たち日本人にとって「風水」といわれるとドクター・コパさんのような手軽な開運法を思い出します。赤を玄関におくとか、鏡の位置はどこに置くとよいとか、そういう細かなアドバイスがありますが、NHCHでは、環境としての風水論を上手に施設の設計や運営に活用しているように思えました。また、そういった取り組みや姿勢をきちんとアピールするという点が合衆国らしくもあり、利用者に対する積極的なホスピタリティのひとつの表れなのだろうと感じます。

 NHCHの66のポイントから具体的にご紹介しましょう。

 NHCHでは、医療施設という「建物そのもの」が治癒のための重要な環境的要因であると考えられているようです。この考え方は、現在の私のクリニックのような賃貸フロアではなかなか実現しにくい大きな要素でありながら、部分的にいいところを真似れば活用できる点がたくさんあるのだと思います。

 そのひとつとして挙げられているのは,玄関に植物を置くこと。
 考えてもみれば「当たり前」のことなのですが、NHCHではそれを当たり前だとやりすごさず、66カ条のポイントに紹介しています。やはり、空間に植物があるのとないのでは雰囲気が違います。とくに玄関、私のクリニックにおいてはエレベーターホールと玄関ドアの辺りに少しでもグリーンがあると来院者の心を和ませることができるはずです。
 これまで、私は小児科という性質上「壊れやすいもの」「いたずらされやすいもの」などをなるべく置かないようにしていました。それがゆえに開院してからしばらくは遊びの要素の少ない院内でした。しかし、開院して年月がたつうちに、少しずつアイデアが浮かび、飾りなどは壁の少し高い所に取り付ければ良いのだと気がつきました。グリーンに関しては、現在では受付・事務のコーナーでスタッフの座っている後ろにある棚に、小さな観葉植物や天然石で愛くるしく作られたイルカの大きなオブジェを置いたりして心のなごむ空間作りを心がけています。アベンチュリンという種類のやさしい印象の緑の石で造られたイルカはもっと子どもたちの目のつく場所においてあげたいのですが、ある日幼児の患者が思わず持ち上げてイルカの口が少し折れてしまった事件以来、受付の奥側に置くことになってしまったのですが・・

 また、NHCHでは「風の通り」と「自然光」を重要視していて、各部屋と廊下や人の集まるホール部分には必ず窓がつけられ、ハワイ島の太陽光が燦々と降り注ぐように設計されています。66カ条においてNHCHは、「太陽光が降り注ぎ外の景色を眺められる」ことは、患者に病院の外の世界とのつながりを思い起こさせるので「治癒力を高めることができる」と言っています。これを読んで私が思い出したのは、睡眠障害の患者に太陽光と同じ明るさの光を浴びさせる治療法です。その治療法はたしかに理にかなっていて、治療実績がある治療法ですが、私はその治療の様子をみて心にうかんでくる違和感をぬぐいきれませんでした。その治療は、入院患者が生活する「窓のない病室」にわざわざ明るい強力なライトを設置し、朝の起床時間にパッと照射して日中はつけっぱなし、夕方になると太陽の光がよわくなっていくように照明も徐々に落としていく・・・という具合だったからです。入院患者はその太陽光を真似た人工的な強力な明かりの下でマンガをよんだり(例として紹介された患者は高校生の女子でした。)テレビをみたりと日常を過ごすのです。そうして光のリズムを体に教えてあげ、しばらくその生活をすると朝にはきちんと目が覚め、夜になれば眠くなるというリズムが再び整ってくるのです。

 しかし、どうでしょう?これは、「窓のない病室で人工光を浴びせ」て行わなくてはいけない「治療」というほどのものなのでしょうか?NHCHのような「自然」な医療施設であれば、この患者はしばらく「療養」しさえすればおのずと回復できるような内容なのではないのでしょうか・・・。そう考えると、おそらく、例に挙げた睡眠障害の女子高生の自宅の自室は、十分な光さえ届かない、生物にとっては非常に脆弱な生活環境なのだろうと推測されます。光が届かないということは、北側で玄関そばの部屋を子どもに自室として与えるパターン・・これは子どもを犯罪者に育ててしまうようなマンション間取りとも言われています・・なのかとも思いいたるのです。

 子どもが帰宅して誰の顔を見なくてもそのまま自室に入れてしまう間取りでは、子ども部屋がリビングや家の中央から離れているので夜更かしをしていても、あまり気にかからなのです。そして、夜更かしをした子どもは朝はもちろん目が覚めませんが、朝寝していても部屋には明るい朝日が射し込まないために結局は眠ったまんま。その繰り返しで子どもが自律神経を乱していくのでしょう。建物という環境が人の精神と肉体に与える影響は、実にはかりしれないのです。

 NHCHの66カ条にもどりましょう。こんなこともポイントに挙げられています。「ハワイ島の風が建物の中を通れるように設計されている」というのものです。こういったアイデアは実に素晴らしいと思いました。「風水」という言葉の意味は、住環境において「風」の流れと「水」の流れを整えることで、そこに生活する人の心身を整えようという住環境学なのだそうです。建築の勉強をして卒論に「風水」についてまとめたという人から聞いた話ですが、彼は実際に風の動きを図るために線香を使って実験をしたら、「風水的に良いとされている条件では、線香の煙は滞ることなくスムーズにながれ淀むところがほとんどなかった」が、「風水的に良くないとされている条件で実験してみると、線香の煙が隅などに滞り全体として活性化されていないことがわかった」と言います。

 私は、かつて、この話に似た経験をしたことがあります。私のクリニックには毎日たくさんの人が出入りするので、忙しい時間帯になると院内の一部の場所に熱気がたまってしまうということがありました。それを解消するために、地元の工務店さんに相談すると「大きな換気扇をつければいい」と言われ設置したのですが、結局その問題は解消されませんでした。そこで、より専門的な計測をしてくれる業者さんをインターネットで探し出して対策を依頼しました。すると、どうでしょう!その業者さんは院内の複数の場所で風の流れを計測して、熱気がたまらないようにするために必要な換気扇の最小のサイズと取り付け位置を割り出してくれました。検査や計算、調査と聞くと心底から納得がいく性分の私は、さっそく施工を依頼し、結果は、地元工務店の大きな換気扇では解消できなかった問題を見事にクリアしてくれるものでした。以来、混雑時でも院内の空気が淀むことがなくなり、私はもちろんスタッフも、患者さんも快適に過ごせる環境に改善されたのは言うまでもありません。

 そんな大事な風の流れですが、東京の賃貸フロアではどうしても換気扇やエアコンなどを使って管理せざるをえません。私が夢に描いている統合医療病院はやはり今わたしがお世話になっている下町・亀戸での開業を考えているので、どこまでできるのか・・私に与えられたやりがいのある課題だと思っていますが、東京であれ、下町であれ、幹線道路沿いであれ、自然の風が少しでもうまく循環できるような設計方法がきっとあるのだろうと思います。

 ほかにもたくさんご紹介したいNHCHのユニークなポイントがあるのですが、最後にもうひとつだけご紹介させてください。それは、「ラビリンスの庭」と呼ばれる散歩道のついた庭です。訪問したとき実際にみせていただいたのですが、散歩道や病院の庭や広場にありがちな「庭」ではなく、道はグネグネと曲がり、狭く、まるで子供のころに森を探検したような不思議な安堵感と好奇心に満ちています。そこを歩くと気持は外へ向いたり内側へ向いたり、自在に広がり縮まって、まるで心がゆるやかな運動をしているようでした。大きな公園や庭園にあるまっすぐで先の見渡せるような道も良いですが、時には木々に覆われた小さな小道を包まれるように歩み、自身を振り返るというのも心の落ち着くものです。将来の私の夢の病院建物の中にそんな迷宮の小庭ができうるのか、それともひょっとして屋上緑化の一環とすれば屋上に設置できるのか!?今の私にはわかりませんが、病院が医療的な機能だけに留まらない、そこを訪れる人やそこに働くひとにとって、彼らの人生を包み込めるような要素が盛り込めればと思っています。

 地域に根ざした統合医療施設であるNHCHは、近隣の住民が開催するイベントや自治体の会合などへの健康的でおいしいパーティ食のケータリングサービスも行っているとのことです。合衆国と日本では、保険制度や医療にまつわる法律など環境の差があるのでできることは異なっているとは思いますが、病院が病気の人だけの場所ではなく、心身を健やかに生きていくのに欠かせない情報と、サービスと、仲間・人々の集う場所であるというのは統合医療施設ならではの在り方だと思います。小児科という専門領域において統合医療を行うことは、子どもをとりまく大人たちや社会の仕組みにも働きかける懐の大きい仕事となるであろうことは自明です。

 うぅーん、そう思うと、小児科ってやめられないですよね!

 学生のみなさんは、卒業・入学など人生の節目にあたる人も多いと思います。強烈な花粉なんかに負けないで、体に気をつけてがんばりましょう!





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