とても過ごしやすい季節となりました。皆さんおかわりありませんか?4回目の連載となる今回は、これまでとはちょっと違う方向から書かせていただきたいと思います。これまでの寄稿では、私の医師としての考え方や「思い」について主にふれてきました。しかし、そんな「思い」も、現実的なアウトプットの仕方ひとつで患者さんに容易に伝えられるとき、そうではないとき、があります。この寄稿では、そのコミュニケーションを助ける要素として、私が自身のクリニックにおいて心がけている点をお伝えしたいと思います。
私のクリニックは東京都・墨田区亀戸にあります。この土地に開業することに決めたのは、お世話になった都立墨東病院から距離的に近いので、緊密な連携がはかれるという利便性からです。この地域は、いわゆる下町で、装飾性や芸術性というよりも現実的な実利を優先する力強い風土をもった土地でもあります。
そんな土地柄にあって、私の医院は、患者さんに「あぁ、あの医院ね。」とすぐにわかってもらえるような工夫を開業時に施しました。
亀戸周辺は、今や大ショッピングタウンである錦糸町から引き続いてきたこまごまとした飲食店や小さなオフィス用の古いビルなども多くて雑多な印象があります。その中でシンプルにわかりやすく、アイキャッチ力の高い統一感をもたせるために、開院時にまず行ったことは、自院のテーマカラー決めでした。そして、その次に、クリニックの顔となるような固有のマークを作りました。これは、一般の企業においては「コーポレート・アイデンティティ」=C.Iとよばれるもので、規模の大きい企業や団体、小さくてもそういったアンテナ感度の高い法人は積極的に採用しているマネジメント手法です。
コーポレート・アイデンティティってなんだろう…? お分かりにならない方もいらっしゃるでしょうから、少し説明をしておきましょう。アイデンティティというのは、個性や性格という意味ですから、まさに法人をひとりの自然人とみたてて、法人の性格を確立させ、外部に対してわかりやすくその人となりを発信してくというのがC.Iです。たとえば、今私がこの原稿を書くのに使っているこのパソコン、中に入っているOSはマイクロソフト社製ですが、マイクロソフトは製品の色に青を多用し、マークはヒラヒラとはためく旗(フラッグ)。同じパソコン関連でもゲートウェイは牛柄といった具合で、その商品をパッと見たときに「これは○○製の商品だ」とわかるようにイメージが統一されているのです。
そして、自身のクリニックにも、私はその手法を取り入れました。個人の小規模な開業医では、ここまでこだわるのは珍しいかもしれません。というのも、やはり、きちんと印象づけて全体を整えるためには、金銭的な負担をはじめ、人手も必要ですし、精神的にもエネルギーがかかります。ゆえに、町の開業医というと、ねずみ色のビルの一室で機能だけを揃えたところや、自宅兼の場所で入り口が別で、雰囲気も民家と同じような感じ…となってしまいがちなのです。
今回は写真を一緒に載せたいと思いますが、そちらを一見いただければお分かりのように、基本のトーンはクリームがかったイエローです。なぜイエローかといいますと、それはただ基本的には、私の好みの色だから…という理由なのですが(笑)、寂しくなりがちな医療施設にやわらかな黄色は元気を与えてくれるだろうと思ったことが最終的な理由です。当院では、ビルの外側に出している看板を始め、カーテン、待合室のソファ、スリッパ(最近色をクリーム・ベージュ色にしました)もやわらかな黄色で、クリーム色と黄色の2色で統一されています。診察券も黄色で、お母さんたちが診察券入れをゴソゴソやれば、「あ、これこれ!」とすぐにわかるようになっているのです。
小児科のみならず医療機関というのは、飲食店や洋服店と同じように、本能的な感覚やその元となる肉体そのものを扱う場所です。なるべく容易に、脳を稼動させなくても脊髄反射的にクリニックの印象を覚えてもらえたり、感覚的にもっと居心地のよい空間であるような工夫が、当院のみならず、その他の医療機関においてもなされても良いのではないかと思うのです。「病院=HOSPITAL」の語源である「HOSPITALITY」をより一層に感じる場所であっても良いと思うのです。こういった考え方は以前に比べればずいぶん浸透してきたのでしょうが、患者さんを「患者様」と呼ぶとか、そういう些末なことにこだわりすぎるがあまりに本質的な部分が後回しになっているのではないかとも、思うことがしばしばあります。
さて、もうひとつのC.Iですが、当院では当院でしか目にできないものがあるのです。それは、デザイナーの卵の甥にお願いして作ってもらった、私の似顔絵のようなひげクマのマークです。私は自他共に認める「クマ」そっくり人間。それをぜひロゴとして使用したいと思いました。字の読めない子どもでも、診察券をみれば、私のことを思い出してくれる…そんな願いをこめて丸顔の黄色いひげクマが聴診器を当てている様子をロゴにしてもらいました。この「クマ先生」は、院内のあちこちで子どもたちや親御さんたちに、インフォメーションや注意点を伝えてくれています。院内の連絡ポスターには白衣を着た「クマ先生」が季節の診療メッセージを伝えているのです。
医師と患者の間には、どうしても、権力という見えない溝が深く横たわっています。しかし、私は実際の臨床現場において、その距離を縮め、患者さんとの信頼関係を築く鍵はさまざまなところに隠されていると信じています。ただ単に、「患者様」と呼ぶとか、「白衣を着ない」とか、「お花を飾る」だけではない、もっとメタフィジカルな心の通じ合いがあると思うのです。もちろん、私も一人の人間ですから体調のすぐれないときにはつい愛想のない顔をしてしまうときもあります。けれども、医師という職業は命に奉仕する仕事。お金をいただいての奉仕ではありますが、特別な仕事であると考えています。
以前に、何か雑誌で読んだのですが、「医師や看護婦、セラピストなど医療関係の専門職に従事している人は、その前世においても同じ職業か、人を癒す仕事の何かをしていた経験をもっている」ということを知りました。私はこの話はきっと本当だろうと思う節があります。といいますのも、その言葉がついで曰く「癒すという仕事は人を虜にする」からであり「その体験をもう一度味わいたくて同じ職業を選ぶ」のだからだそうです。日本の現状の医療制度では、医師が絶対的な権力を持っていて、その他の医療従事者とはくらべものにならない構造的な問題がありますが、それにしても、やはり、病を癒す、人を癒すという体験は、自分自身がもっとも癒される業なのだと常日頃思う次第です。
私のクリニックでは、冬のインフルエンザの流行に向けて予防接種が始まりました。昨年は延べ人数5000人という、自身も驚いてしまうほどの方が当院でインフルエンザの予防注射を受けられました。さすがにこれだけの人数の注射を、通常の診察と平行して行うというのはスタッフも総出で大変な負担です。
しかし、さきほどご紹介したようなエピソードは、診療がどんなに大変なときも私に医師としての勇気を与えてくれるものです。昨今、自然災害が多く起こり、ニュースをつければ住民避難の様子が映し出されるのは珍しくない風景となってしまいました。ある自然災害のニュースで、たった1時間程度で必要最小限のものを取りに帰宅を許された住民がインタビュアーの「どんなものを持ってこられたのですか?」という質問に、カメラにみせたのは、「家族全員が記念日にでも撮って額に入れられていた写真」でした。この報道は私を心底驚かせたものです。災害時などという困難なときに人が最後に支えとするものは、やはり、温かな思い出や、心のよすがとなるものだったのです。
私たち医師にとってのお客様である「患者さん」たちは、何かの困難がある時にしか、私たちのもとを訪れてはくれません。治ってしまえば私たちの出番はないのです。それは医師という職業のパラドクスでもあります。先にご紹介した災害時の報道が示してくれたことや、ある雑誌で読んだ「前世」の話は、医師としてのスタンスを再確認させてくれることばかりです。
当院がイメージを統一してわかりやすく、親しみやすく…を心がけているのは、開業医の誰もが直面する「病院経営」というビジネス的な立場での収益につながるだけのことでは決してありません。それは、医院と患者との信頼関係を築く、大事な「最初の一歩」だと考えるのです。それがもちろん、経営によい影響を与えるのは当然ではありますが、それこそが、人を癒すという仕事を、お金をいただいてさせていただく医師としてのあり方の肝要な部分なのだ、と改めて思うのです。
うぅーん、そう思うと…だから、小児科って、やめられないんですよね!
これから冬が駆け足でやってきます。みなさん乾燥対策をしっかりして、お互い頑張りましょう!