第12回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

スーパードクターエッセイ

水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第12回 ゼロかイチかの現代社会

 梅雨はいったい何処へいってしまったのでしょうか?東京は・・・というよりも、日本全体といっても過言ではないのでしょうか。本当に、「合間」(あいま)の 季節がなくなってしまいました。春先には、「気候がいいなぁ」と思っていると、途端に暑くなってしまって、「気持ちの良い時期」というのがめっきり少なく なってしまいました。
 「気候が良い」「過ごしやすい」というのは、心身がゆったりとリラックスする、季節の盛りと季節の盛りの「合間」(あいま)にある、ブレーク期間です。ほっと一息、体も心もゆるんで、緊張をほぐし、次の季節の盛りへと向かう、心身の準備をする大切な期間です。

 季節の盛りというのは、つまり盛夏と厳冬の時期のことで、暑い時期も、寒い時期も、体には相当の負担がかかります。その盛りの疲労を回復させて、次の盛りへとつなげるのが、本来「春」や「秋」の役割であったのだろうと思うのですが、どうもここ最近、春と秋がめっきり短期間化されてしまっているような印象を受けます。
 この自然現象は、まるで現代にあふれるパソコンの動きに似ているように、私には思えました。パソコンの頭の中では、ゼロかイチか、あるかないか、の2進法で演算処理が行われます。よく人を例えて「あの人はデジタルな人だ」とか、「アナログな人だ」とか揶揄しますが、「デジタルな人」というのは、心の複雑で多様な変化を重要視せずに理性で物事を切り取り、進んでいくタイプの人…に対して使うことが多いようです。
 しかしながら人間は大自然の産物であり、人間そのものが自然と同じ構造をしていますから、私達の思考回路は、そうそうにはゼロかイチかという風にはなりえません。ただ、どちらの傾向が強いか…という風には言えたとしても、実際にデジタルというのはありえません。
 けれども、最近クリニックに来院する子ども達を診ていると、決して好んでそうなっているわけではないのですが、症状の経過や状態、取り巻く生活環境に「合間」が少ないことが増えているようにも思えます。

 昨年から統合医療を重視している私は、最近問診時に食生活や生活習慣まで尋ねる機会が増えました。そうすると、以前は「問診、病名決定、投薬」というステップだったのが、実は「病名決定、投薬」以前にもっとできることがあることがわかりました。
 実際に通われている、男の子の例をご紹介します。このお子さんは、小学3年生でありながら大人並みの体重で、とても大きなお子さんですが、全身に慢性の ひどいアトピー症状が出ています。それまで、私はできる限りの塗り薬や飲み薬をコンビネーションさせて「体力がついて自然治癒するまで、時間を経過させる」という消極的な対策法しか持っていませんでした。それでも、子ども達は生命力が旺盛なので、少し表面の症状をクスリで抑えてやると、元気に回復し、日々の生活には支障のないようになります。
 そんな男の子に、意識的な問診を行ってみました。すると、驚くべきことが分かりました。
 このお子さんは、毎日牛乳を1リットル飲むというのです!
 どうして、この事実がそれまでわからなかったのか…私は愕然としました。それは、私が問診しなかったからに他なりません。「牛乳」を伝家の宝刀のように珍重する時代があったために、牛乳神話的な考え方がいまだ根強くありますが、本来、乳製品は取りすぎてよいものではありません。
 遺伝子的に、長年チーズなどの乳製品を食べつけている文化圏の人たちが採る乳製品が、私達日本人に比べて多いといったところでそれはまた別の話です。文化とは長年かけて培われるものですから、文化に基づくカラダができあがっています。しかも、乳製品に限って例にしてお話しすると、乳製品をたくさん摂る文化圏の人は決して生の冷たい牛乳を1リットルがぶ飲みするということはありません。それは、私達日本人が「生鮮魚」がどんなにヘルシーだからといって、朝から晩まで刺身ばかりを食べないのと同じです。
 そんな、考えてみればあたりまえのことが、近頃では判断の範疇外におかれてしまって、「よい塩梅(あんばい)」で栄養をとる、「よい塩梅」で休息をとる…といったことが、だんだん少なくなってきているように思います。その揺り返しが、「スローライフ」ということなのでしょうが、このお子さんの牛乳の例のように、「適度」「快適レベル」という目盛りがずいぶん壊れてしまっているようです。

 こんなお子さんもいます。中学生の女の子。
 私のクリニックに中学生の学生がやってくるというのは非常に稀なことですが…話を聞いてみると、「朝になると腹痛が始まり、通学途中で下痢をしてしまうために途中駅で降りなければならず、毎日遅刻しそうになる。腹痛や下痢が心配なために、通学電車の道中も不安である」とのこと。このまま放っておくと、通学するのが嫌になり、登校拒否的な問題になりかねません。
 しかし、それまでの通常の問診ではこの女の子の腹痛の理由は見落とされるところでした。それは、症状が朝おこることから、朝食の様子を聞いてみた結果、朝食にはなんら大きな特徴は見られなかったからです。朝ごはんには、少しのパンと、少しの飲み物、おかずが少し…。年齢と体格(ぽっちゃりとした印象です)を鑑みると、量としては少ないくらいです。食事を取ると胃直腸反射が起こるということはお話しましたが、以前の私でしたら、この時点で診察は終了し、「生理現象です。大きな病気ではないので様子を見てください」ということになっていました。
 しかし、今回は患者さんの全体をとらえるということをモットーにおいているので、お子さんの体格や年齢から鑑みて、問題はその他にあると判断しました。
 そこで、夕食について尋ねてみるとそこに回答がありました。
 その女の子は、学校から帰ってくるなり、スナック菓子を2〜3袋ぺろりと平らげてしまうのだそうです。そして、大きなペットボトルの飲み物をがぶ飲みし、肝心の夕食時にはお腹がいっぱい…。そして、朝はほんの少しをお腹に入れる…、そういう毎日の食生活だったのです。
 こうなってしまうと、まともな食事は学校で食べる給食のみ。これでは、育ち盛りといわずとも体によいわけがありません。
 消化器そのものを取り上げても、もちろんまともに働かないのですから、このような食生活をしていて、悪いことあれども良いことはないわけです。ある程度「食べている」から、ぽっちゃりとした体型は維持できる…実はそこに落とし穴があったのです。
 私達人間は、仙人のようにカスミを食べて生きるわけではないのですから、栄養が足りなければ心身の働きも異常をきたし始めます。必要な栄養が足りず偏るということは、心の働きも足りなくなり偏るということです。それがゆえに精神も不安定になり、この女の子の場合は、もともと単純な胃直腸反射における問題が、いまや心の不安定さとあいまって「通学が怖い」というところにまで差し掛かり始めていました。
 人間の細胞の半分は水でできていますから、水の性質を私達はもっています。水は高低さのあるところでは、低いほうへと流れます。この女の子も、一旦心身の調子が崩れはじめると、ガタガタと調子を崩していき、気がつくと大きな問題へとつながってしまっているという例のひとつです。

 ゼロかイチかというお話を前半で書きましたが、こういった不調のかげに、生活習慣を紐解くと、そこには必ず「デジタル」と揶揄されるような、「デジタル」のネガティブな側面があります。「デジタル」や二進法というのはそれ自体に良い悪いはありません。しかし、こうして例に引いたように、食事ひとつにしても「食べたか」「食べないか」が結果として重要視されており、「何を」「どう食べたのか」が優先されていません。
 もちろん、親御さん方の思いとしては「何を」「どう食べるか」を大事にしたいのに子育てをとりまく様々な状況の中で、それが結果的に優先・実現できないというケースは多いものです。
 この点に関しては、一概に家族や母親の問題として片付けるには、あまりにも不十分です。「子ども」や「家族」が存在する現代社会そのものを見つめなくてはなりません。
 食事ひとつにおいても、ゼロかイチか。それは結局、「反応するか」「反応しないか」というYES/NO、ゼロかイチか…の肉体感覚を作り出し、細やかな肉体の感覚へとつながることはないのです。
 YESの中でも、どんな風にYESなのか、NOであっても、どんな風にNOなのか。お腹が痛いと一口にいっても、どんな風に、どんなときに、どうすると、痛いのか。そのときの、気分はどんななのか。夕食を食べるといっても、「お腹が快適な程度に食べる」、「体が必要としている分の食材を大事に感謝して食べる」のは、どんなに素敵なことでしょうか?
 こういったように、いわば「アナログ」な、自分自身への豊かな感覚を感知できず、言葉にできない現象は子どものみならず、大人にも増えているように思います。

 少年犯罪が増える現代ですが、「目障り」だから、「殺してしまえ」。というのが罪を犯す少年たちの思考です。「存在」か「非存在」か、ゼロかイチかの選択しか彼らの頭の中にはありません。
 現代の医療をみていても、「痛みがある」から、「切り取ってしまえ」。「熱がある」から「クスリで下げてしまえ」。ゼロかイチかの対処をしていると、体はゼロかイチかの感覚を学習していきます。
 私は統合医療を目指していますが、薬を使う、使わないに関わらず、豊かな肉体感覚を育める一助となる医療を提供していきたいと思っています。それが小児科医として、現代社会に貢献できる大事にしたい術のひとつであると思うからなのです。

 うぅーん、そう思うと…だから、小児科ってやめられないんですよね!
 また、不順な季節です。早々に夏ばてしない健やかな心身を心がけ、お互い頑張りましょう!
 また、次回、お目にかかります。





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