第19回 全米一の統合医療施設を訪問して「すべて同じメディスンだ」
2008年になりました。今年もよろしくお願いします。
寄稿させていただくのも、早いものでもうすぐ20回になります。今回は19回目ですが、19という数字の響きは甘く苦いような懐かしい響きがあります。1回の寄稿を一年とたとえるのはあまりに早すぎるものですが、19という数字はひとつ区切りの一歩手前の印象をもちます。
そんな予感めいた私の年の幕開けは、ハワイへの家族旅行でした。ドルフィンスイム、フリーダイビング、水中カメラで知られるセルフセラピスト菅原真樹氏とご縁をいただき、小学生の次男と妻と一緒に訪れたハワイ島カロコハウスでの新年は、都市部での生活では想像できないような体験ばかりでした。
虹の島と呼ばれるだけあって大きな虹をみられたことをはじめ、マッコウクジラの大群とイルカたちの歓迎、標高4280m・新雪のマウナケア火山からのご来光、大きな月輪・ヘイアウでの厳粛な祈りなど、疲れた体と心を洗うような経験をすることができたのです。
なかでも嬉しかったのは、甘えん坊の小学生の次男が、雪山登山を通して、ひとまわりもふたまわりも大きく逞しくなって帰国できたことでした。
個人的な体験もたくさんあるなかで、今回みなさんにお話させていただきたいのは、全米一といわれる統合医療施設の訪問エピソードと、その創始者との面会からいただいた感動です。
今回のハワイ島旅行の大きな目的のひとつに掲げていたのは、North Hawaii Community Hospital(NHCH)の創始者である、アール・バッケン氏との面会と彼の病院の訪問でした。
バッケン氏は心臓のペースメーカーの製造会社の名誉会長を努めている人物で、いまや医療業界のビルゲイツと呼ばれています。富と名声を得た彼は、西洋医学や東洋医学などの伝承医療の垣根を越えて、人々の健康のために統合医療の病院施設を夢の島ハワイ島につくったのです。ハワイ島のまばゆいばかりの海を「庭」にしてしまった彼の豪邸オフィスを訪れました。
ご面会してみると、彼はすでに85歳で「おじいちゃん」とよばれる年齢になってはおられましたが、偉大な人物にそなわっている透明で大きな存在感がありました。日本で例えると、聖路加国際病院の日野原先生のような雰囲気といえるでしょうか。
バッケン氏の言葉ひとつひとつが含蓄に富み、インスピレーションを与えてくれるものでしたが、彼が語ってくれた何気ないある一言に、これまで手探りで模索を続けていた統合医療への道が照らし出された思いでした。
それはこの言葉です。
「西洋医学も、伝承医学も、同じメディスン(医療・薬)である。」
これは、西洋医学、伝承医学どちらにも偏らず、どちらも自由自在に扱える扱い手の心の自由さであり、大きさです。やもすれば西洋医学一辺倒だったり、伝承医学一辺倒だったり…。ないしは、西洋医学を中心に伝承医療を取り入れる…または、伝承医学を行いながら西洋医学をあわせると言った風に、常にどちらかの足に重心がのっているということが少なくないなかで、どちらの足も重心でありながら、どちらの足にも重心がない…という医療的な視点の高さを引き上げてくれる彼の一言の重み。それは、バッケン氏自身がペースメーカー技術の提供者というだけでは到達しえず、その後開拓していった医療に対する視点の高みかもしれません。
一人の人間として命を生き、喜び、悲しみ、憂い、病み、自身も医療を受ける側を経験し知恵から導き出された、大きくも自然的な結論なのでしょう。
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考えてみれば、医療を受ける側から見れば医療技術が西洋由来であれ、東洋由来であれ、その他の伝承的由来であれ、方法は何でも良いのです。患者さんとしては、自身の存在が病に圧迫されることなく、体に病巣があれども心がおだやかであることであるとか、大きな意味での「健康」であることが大事なのです。しかし、これまでの多くの医療機関においては患者さんたちはそういった欲求を充たすことができなかったために、少なくない人が、病院の外にそれを求めました。ヨガや気功、整体、マッサージ、健康食品など、さまざまな伝承医療や代替医療と呼ばれる分野が病院の外で成長してきたのは、そういった背景からでしょう。
バッケン氏は、それらすべてを「(必要とする人にとっては)同じメディスンである」と言ってのけました。そして、彼の病院では気功やヨガのクラスがあるのは当然のこと、カウンセリング的な時間や空間、音楽や表現のクラスなどが患者は勿論、スタッフの誰もが、望めば自由に参加することができるようになっているのです。音楽などの芸術も人の心と体に大きな治癒力をもたらすと言う意味で、やはり、それもメディスンなのです。
NHCHでは、定期的にフリーペーパーが出され、活動が紹介されたり、健康のために活かすことができる記事が載せられたりしていますが、そういったソフトな情報や機会の提供のみならず、病院建物そのものにも治癒力を高める造りがほどこされています。太陽光をふんだんに取り入れている大きな廊下、1秒間に300回と通常の照明の3倍の速度で、全くちらつきを感じさせない特注照明、臭気をすいとって呼吸する壁などの建築素材や院内の随所にちりばめられた家族ルーム・祈りの部屋・沈黙の間などの空間配置など、手指の先まで神経がよく鍛えられているという感じがしました。常駐アロマセラピストが毎朝リフレッシュメントスプレーを吹きつけてまわるので、院内は消毒薬の匂いではない、豊かな自然の香りに包まれています。建物そのものと、フアラライ山からおりてくる新鮮な空気により、利用者が自然に免疫力を高めることができ、場が清潔に保れているのです。
10年以上も連続して、患者満足度全米1位を獲得していることが、「これならばそうだろう」と、納得がいきます。
近い未来、私はクリニックを近い場所でより広い場所に移転し、たくさんの人々が集まれるようなコミュニティの集いの場所に成長させたいと思っています。病気でなければ行かない場所ではなく、それはいってみれば「健康」に興味のある人なら誰でも気軽に集える病院…とでもいえましょうか。緊急の症状の診療はもちろんのこと、慢性症状などは「落ち着いた状態」から「より良い状態で落ち着いた状態」へと変化できる場所。そして健康生活に関する様々な情報を提供・教育し、交換しあえる病院。
そのためには、これまで「医学」と呼ばれてきたメソッドだけではなく、芸術的な要素や自然な要素がたくさん取り入れられると良いのだと考えています。
特に、私が診療する場所は、夢の島ハワイではなく、排気ガスもあふれかえる大都市・東京であり、町工場やネオンも多い下町です。美しい環境で、美しくメディスンを提供するよりも、亀戸でそれにトライする方がよほどチャレンジフルなのは、誰が見てもYESと言うのだと思うのですが、だからこそ、ご縁のあるこの土地でそれを実現していきたいと強く願っています。
江東区はその他の区よりも、こどもたちの喘息罹患率が高いと聞きました。そういった環境にあるからこそ、慢性症状をよりよく改善していける「健康」を求める子どもと家族が集う場を提供していきたいと思うのです。
うぅーん、そう思うと・・・だから、小児科ってやめられないんですよね!
来月は赤い包装紙が町に鮮やかなバレンタインですね。
早いものです。寒さも本番、みなさん健康に留意して、頑張りましょう!