第7回 看護師教育の見直しを

第7回 看護師教育の見直しを

高階恵美子氏
(参議院議員、保健学修士、保健師、看護師)

看護師教育の見直しを

― 看護師の人材育成について、ご意見をお願いします。

黒岩:神奈川県は人口当たりの看護職員数が全国で一番少ない県なのです。人口の急増に看護師の供給が追い付かなかったという面もありますが、大問題ですね。看護師をどう増やしていくかについて、今、取り組んでいるのは教育の問題です。去年、「医療のグランドデザイン策定プロジェクトチーム」を発足し、有識者の皆さんに様々な意見をお出しいただいた中で、教育の在り方を考え直す必要があるとの方向性を出していただきました。看護学校を出て、看護師になっても、1年で辞めてしまう人が神奈川県の中でも10%程います。1年での退職は医師ではありえないことですよね。

高階:そうですね。ところで神奈川県では、県外から神奈川県の看護学校に来て学び、卒業後も神奈川県内に就職する方はどのぐらいおられるのでしょう。「神奈川県にはいい学校があるから」と進学し、卒後数年は県内で働いたとしても、いずれは地元に戻りたいと志向する方も、なかにはおられるでしょうから。また、人口当たりで見ると就業している看護職員数の割合が少ないといっても、神奈川県民が他の地域の住民よりも元気で医療を必要とする頻度が低ければ、たくさんの看護師は必要ないかもしれないですね。大事なのは、その地域の人口構造や疾病構造に合わせて、必要な動きのできる看護師を安定的に供給していくことです。

黒岩:看護学校を卒業したばかりの看護師が1年で辞めるというのは神奈川県だけの問題ではなく、ジャーナリスト時代から医療問題を見てきた中でおかしいと思っていました。リアリティショックと言って、看護学校と現場のギャップを感じて衝撃を受け、それが原因で辞めてしまうんですね。リアリティショックを起こさせるような状態で看護師にしているという教育がおかしいのです。リアリティショックを起こさせない、つまり臨床をさらに重視した教育に変えていかなくてはいけません。そこで「医療のグランドデザイン」の中で看護教育に焦点を当て、神奈川県の看護教育のレベルを上げていくことで数の問題の解決を図ろうとしています。

准看護師問題

― 神奈川県では「看護教育のあり方検討会」を行っていますね。

黒岩:そこで、まず議題に上ったのが准看護師養成です。准看護師は時代のニーズに合いませんので、早く停止しようという方針がまとまりました。医師会のメンバーも入ってまとまったのにも関わらず、医師会はその後、不満があったようですね(笑)。しかしながら、決まった方針としてやっていきます。

高階:准看護師養成停止と移行教育の円滑化は大きな課題です。准看護師に関しては、国の検討会が20年近く前に「21世紀初頭の早い段階で停止する」との方針を示しました。私は国会での初質問の時に、その期限がとうに過ぎたまま放置されていることを問題として取り上げ、打開策を急ぐよう求めました。現在、国内では147万人の看護職員が働いています。そのうち40万人が准看護師です。働く看護師の数が急速に増えましたので、准看護師の問題はその影に隠れるようにして話題に上らなくなりました。確かに看護職員全体で見れば、准看護師の占める割合は低くなっています。しかし実際に働く准看護師の数は、以前からそう大きく変わっていません。従前から働いていた准看護師は同じように看護の仕事を続けており、その働く場所が介護施設や診療所に変わってきています。現在は、准看護師がこのような労働環境にあることを考慮したうえで、円滑に移行できるよう支援する政策を実施しなければならないのです。

黒岩:私はこの問題については長年、取り組んできた当事者です。「准看護師を廃止」から 「准看護師の養成を停止」に問題点を変えて取り組んできました。取り組み始めた頃、日本医師会は「そんな問題は存在しない」と言い、日本看護協会は「准看護師問題は最大の問題」だと言っていたんです。こういう認識のギャップがあったので、議論の土俵にも上らなかったことが、教育という問題に絞ったことで、お互いに話し合えるようになりました。教育面から言うと、准看護師は今のニーズに応えられないだろうということになったんです。今のニーズと言っても1996年の話ですよ(笑)。現在はそのニーズも遥かに変わってきました。それで養成停止が21世紀初頭に決まったのですが、現在、県知事の立場になってみて、それができていないのは怠慢だなと認識しているところです。

高階:トップリーダーとして、是非、改善のための取り組みをお願いします。

黒岩:だからこそ、神奈川県は独自でやっていこうとしています。看護師養成のあり方を神奈川県独自で改善し、看護師のあり方そのものも考えていきたいです。

高階:神奈川県は歴史的にも、全国に先駆けた保健師活動を展開したり、看護師のみならず看護教員の養成にも力を入れるなど、モデルとなる取り組みを実践してきた地域ですので、私も知事の手腕にはご期待申し上げ、一緒に活動させていただきたいと思っています。医師は学部が6年、初期研修が2年間の合計8年間で一人前となります。薬剤師も学部が6年になりました。しかし、看護師の基礎教育期間はその半分なんですね。高等教育一元化をうたいながらも、なかなかそれを実現できず、むしろ他の医療職との差が大きくなってしまっています。4年間の教育への一元化ですら、これから何年を要することになるのだろうかと思うと、これはまさしく雲を掴むような話になっています。これから人材確保と安定供給を実現するためには、知事がおっしゃった通り、教育の強化や充実に正面から向き合わないといけないですね。でも、この問題を分かってくださる方は意外に少ないので、これからは仲間を増やしていきたいです。「看護師の数が足りない」と、どの地域でも言われますが、現状を理解したうえで具体的な対応策・解決策を考えられる状況にある方というのは、そう多くないのです。

黒岩:私が看護師の問題に取り組んだのは准看護師問題がきっかけでした。最初は全く問題がどこにあるのかを知らなかったのですが、患者さんから准看護師が見えないことが問題の一つではないかと気付きました。どこに准看護師がいるのか分からないんですね。准看護師が「准看護師です」という名札を付けているわけではなく、准看護師も看護師だと自称し、正看護師も看護師だと言っているので、患者さんに見えていない以上、そういう問題があると言われても、分からない現状でした。したがって、問題を共有しないと、解決に繋がっていかないと思います。ただ、資格制度だけの話になると、准看護師は資格を取っていないという話になりがちで、正看護師より劣っていると屈辱を感じてしまわれません。だからこそ、教育に問題があるのだという論点にして、教育改革から問題を変えていくという流れにしたいと思っています。准看護師問題の克服も教育からです。

高階:知事のおっしゃりたいことはよく分かります。

黒岩:本当は全部、大学にしたかったんですよ。専門学校も止めようと言いたかったのですが、そこには至りませんでした。ただ、准看護師養成の学校に対しては神奈川県は補助金を出さない、その変わり、准看護師学校を看護学校に変えたり、准看護師を正看護師に変えていくための施策は可能です。

高階恵美子氏 プロフィール

宮城県加美郡中新田町(現加美町)生まれ。1984年に埼玉県立衛生短期大学を卒業、1985年同短大専攻科修了。社会保険埼玉中央病院、宮城県総合精神保健福祉センターなどに勤務。1989年国立公衆衛生院専攻課程修業。1993年東京医科歯科大学医学部保健衛生学科卒業、1995年同大学大学院医学系研究科博士課程前期を修了。1997年同大学大学院博士課程後期を中退し、東京医科歯科大学医学部文部教官となる。2000年厚生省(現 厚生労働省)に出向。保健指導専門官、介護予防専門官、臓器移植指導官、医療課長補佐、医療指導監査官、科学技術調整官などを歴任。2008年社団法人日本看護協会常任理事に就任。2010年参議院議員に当選する。参議院では現在、厚生労働委員会、行政監視委員会、東日本大震災復興特別委員会、共生社会・地域活性化に関する調査会の委員を務める他、国会対策委員会委員、政策審議会・放射線安全基準委員会委員として活躍中。