第8回 看護の「見える化」を

第8回 看護の「見える化」を

高階恵美子氏
(参議院議員、保健学修士、保健師、看護師)

看護の「見える化」を

高階:先日、先輩議員から「これまで色々な政策をとってきたし、看護学部のある大学も増えている。それなのに未だに看護師が足りない状況が続いているのは、政策の効果が十分に上がっていないからではないか、効果的な政策を行うにはどうしたらいいか」と聞かれたんです。私は「基本給を上げることです」と、申し上げました。基本給を上げて、働き続けることができる環境を作ることも一つではないかと思います。その先輩議員は「基本給を3割上げたら辞めないのかな」とおっしゃり、私は即座に「はい」と答えたのですが、知事はどうお考えですか。

黒岩:病院経営の現状は簡単なものではないので、給料をポンと上げられればいいのですが、現実の財政的には難しいでしょうね。そこで原点に立ち戻ることが大切ではないでしょうか。私が取材をしてきた中で、ずっと考えていたことでもありますが、そもそも看護とは何なのかということです。テレビのドキュメンタリーを制作するにあたり、その答えを探し続けていました。
その後、国際医療福祉大学で教授を務めていたときに、大学院生の一人がそういうことをテーマに修士論文を書いたのです。「看護の見える化」というテーマでした。そこで、私が追いかけてきたのも「看護の見える化」を目指していたからではないかと気付きました。「看護って、何なのか」ということが皆に分からないと、看護師が的確に仕事をしているのか、無駄な仕事もしているのではないかということも分からないですからね。しかし、これまで多くの看護現場に取材に行きましたが、矛盾を感じるシーンもありましたよ。ナースステーションで看護師が一生懸命、何かを書いているんです。

高階:看護記録ですね。

黒岩:そうです。あまりにも長い間、書いているので、私は看護の現場はここではなく、病室だろう、病室で書いたらどうかとも思ったのです。ナースステーションには「看護記録を徹底的に付けよう」というスローガンが貼ってありましたけどね。でも、ナースステーションで記録を付ける時間はどうなんでしょうか。「看護の見える化」について話すのは難しいですが、看護師が患者さんと向き合う時間は絶対に大事だということは言いたいです。

高階:看護師にとってヒューマンケアは基本であり、それをしないことには看護の姿は見えません。ただ、8時間の勤務の中で言うと、記録にかかる時間は少ないですよ。私も外科病棟を振り出しに働いてきましたが、いのちの現場では止まっている時間はありません。とにかく動きながら、重要な事柄は手や服やいろんなところにメモしていって、あとでそれを記録としてまとめていました。座って記録類を整理した後で看護するなどということでは、いのちの臨床ではとても勤まりません。だから、体力が必要ですし、緊張感が続いても耐えられるだけの精神力も必要です。勤務中は、のんびり休憩する余裕もないのですよ。
厚労省の診療報酬改定の作業をしていたときには「トイレに行く時間は看護業務をしていないじゃないか」と迫られたこともありました。情けないことに、看護職は、少しでもゆとりがあるように見えると、遊んでいるじゃないか、座っているじゃないかと言われがち。何かと関心が集まっているので気が抜けません。

そして、365日24時間交代制で動いています。同じ医療機関に勤務している職員のうち、夕方から朝までの時間帯にフル稼働するのは看護職だけです。ですから看護職以外の職員で、看護職が夜通し動いているという現実を想像できる方は、少ないんですね。知事がおっしゃる通り、看護職の働き方や看護職が何を考え、どう行動しているかということを、看護職自身も言葉で伝える努力をしないといけないと思います。

黒岩:看護記録の問題ということであれば、IT化も助けになりそうです。

高階:最近、現場に急速に普及してきましたね。

黒岩:電子カルテもそうだし、携帯の端末を持って、患者さんのそばで患者さんの話を聞きながら、その場で看護記録を作っていくシステムもありますね。これは労働の集約化、短縮化になりますし、患者さんのそばにいる時間も長くなります。IT化とのドッキングの中で看護の質が変わってくることに期待したいです。

高階:そうした記録などの点ではIT化は大きな助けになるはずです。

黒岩:それから、色々な意見があるでしょうが、私はボランティアの人たちが病院にいることで、看護師の雑務を省けると思っています。最近、そういう病院も増えてきましたね。ボランティアも気持ちがある人というだけではなく、専門的なトレーニングを積んだうえで、気持ちも伴っている方ならなおのこと、看護師の力になるでしょう。ボランティアが現場にいる状況は看護師の仕事の質を高める意味でありえます。

宗教の力を借りる

黒岩:それから宗教ですね。日本の病院は宗教色が少ないです。私の祖父は亡くなる前に病院に入っていたのですが、そのときの記憶があるんです。祖父は信心深い人で、家にいるときは毎日、仏壇に手を合わせ、お経を上げていました。でも病院に入院した途端に、ほかの患者さんに聞こえるような病室でお経を上げるのは縁起でもないと止められてしまったんです。でも宗教というものは人が苦しいときにすがるものです。それが病院に入ったら、お経は駄目だというのは違和感がありますね。

高階:日常生活から切り離すというのはいけませんよね。

黒岩:病院にお坊さんや牧師さんがいたら、いいと思います。韓国の病院にはいるんですよ。以前、取材に行った韓国の病院ではカトリック、プロテスタント、仏教の部屋があり、そこに患者さんがやってきては、自分でお祈りしていくんです。一方で、お坊さんや牧師さんも病室に行き、ベッドサイドで患者さんの話を聞いてあげています。これが日本でも普通になってくれば、看護師の仕事はもっと効率が良くなりますし、専門性を活かせるはずです。

高階:今、緩和ケア病棟では泣ける部屋、祈りの部屋などを用意しているところもあります。希望すれば、ご自分の宗教のお坊さんや牧師さんに来ていただいて、話ができる医療施設もあります。私がお邪魔したことのある多機能型の特別養護老人ホームでは、皆が目覚める時間にスピーカーから読経が流れてきました。宗教法人による特養なのですが、朝のお勤めが終わったあとでお食事となります。終の住み処だからこそ、自分たちのためのお祈りの機会があるということも大事だと思いましたね。自ら最期の訪れを受け入れていくこと、準備することが、緩やかな空間の中でできていました。こういった取り組みは、日本の医療の中で薄かったことですが、少しずつ広がってきているのかもしれません。

黒岩:新潟県長岡市の長岡西病院にはビハーラ病棟があります。これは仏教版のホスピスなんですね。お坊さんがいらしていて、読経が流れているので、宗教的な雰囲気なのですが、安心感をもたらしています。これまで、こういったことはタブー視されていましたが、看護師が本来の仕事に向かっていくためには必要なのではないでしょうか。

高階:私自身は病院で働き、保健所で働き、研究機関で働き、教育機関で働き、中央省庁でも働いてきました。その都度、必然性があって異動してきたのですけれど、周囲には「いったい何がやりたいのか」と囁く方もありました。しかし私は、多様な機関で看護の専門性を活かした仕事をさせていただいたことによって、社会の中には看護職の活躍できる場所がたくさんあるのだ、ということを身をもって実感できるようになりました。一般的には、白衣を着て医療機関の中で働くのが看護職と思われがちです。しかし看護の技は、知事がおっしゃったような、人の生きる力をしっかり支え、寄り添う技術です。他の職種とは際立った違いを持って対応していけます。そういう知識・技術、経験があるのですから、それを活かす方法は無限大です。例えば子育て支援策として、保育所に看護職がいてもいいし、児童虐待防止のために役場の窓口で看護職が対応してもいいですね。医療費を申請するため役場を訪ねて来る方の健康相談にあたったり、生活上で困っていることなどをお聞ききするという働き方もいいと思います。これからの看護職は、医療機関の中に留まるのではなく、地域社会のあらゆる場所において、その技を提供できるようになっていくでしょう。こうしたことを議論できる場を作っていきたいです。

高階恵美子氏 プロフィール

宮城県加美郡中新田町(現加美町)生まれ。1984年に埼玉県立衛生短期大学を卒業、1985年同短大専攻科修了。社会保険埼玉中央病院、宮城県総合精神保健福祉センターなどに勤務。1989年国立公衆衛生院専攻課程修業。1993年東京医科歯科大学医学部保健衛生学科卒業、1995年同大学大学院医学系研究科博士課程前期を修了。1997年同大学大学院博士課程後期を中退し、東京医科歯科大学医学部文部教官となる。2000年厚生省(現 厚生労働省)に出向。保健指導専門官、介護予防専門官、臓器移植指導官、医療課長補佐、医療指導監査官、科学技術調整官などを歴任。2008年社団法人日本看護協会常任理事に就任。2010年参議院議員に当選する。参議院では現在、厚生労働委員会、行政監視委員会、東日本大震災復興特別委員会、共生社会・地域活性化に関する調査会の委員を務める他、国会対策委員会委員、政策審議会・放射線安全基準委員会委員として活躍中。