第6回 特定看護師と外国人看護師
【看護師特定能力認定制度(以下特定看護師)】
黒岩:現在、特定看護師を作ろうという動きになっていますが、平澤会長はどういうご見解ですか。
平澤:限定はされるべきです。例えば、助産師が会陰切開や縫合ができないのと同じように、医師でないと褥創の創部のカッティングはできません。頻繁に医師が来てくれるわけではないので、患者さんはいつまでもじわじわしたままなんですね。そこで、トレーニングを受けた特定看護師が軽微な糜爛(びらん)のカッティングや縫合をしてもよいというふうになればいいと思っています。患者さんの治りを早め、より良い看護を行うためにも必要な行為をさせていただきたいです。
黒岩:私は別の意見で、特定看護師にはあまり賛成していません。新しく作るのであれば診療看護師がいいですね。これはある種、医師に近い資格であり、アメリカではナースプラクティショナーと呼ばれています。アメリカの病院の外来はほとんどナースプラクティショナーが行い、難しいケースだけを医師が診ます。ナースプラクティショナーは医療行為にぐっと踏み込んでいますし、医師の指示ではなく、自分の責任で行っているんですね。私は看護師が専門性を高めていくのはいいことだと思っていたので、特定看護師とは診療看護師のことだと思い込んでいたら、実際は違っていたので、がっかりしました。
平澤:医師法を変えないで、軟着陸させたということでしょう。
黒岩:医師の指示のもとで働くということですよね。既に専門看護師も認定看護師もいるので、ややこしいです。特定看護師を作ってしまったら、診療看護師は誕生しなくなるかもという不安もありますね。特定看護師の定義は「ある程度、限定された医療ができる看護師」ですが、それが一般の人に通じるでしょうか。そして、特定看護師の定義をそのように規定してしまうと、診療看護師の説明がつかなくなってしまいます。
【外国人看護師】
黒岩:2012年の年明けに新かながわ外交戦略を打ち出し、その中でかながわ国際ファンクラブを作ろうという施策を進めています。神奈川県ゆかりの外国人、神奈川県に来ている留学生に神奈川のファンになってもらったうえで、お帰りいただこうというものです。これは神奈川県の将来、日本の将来にとって大事なことです。県レベルでできる外交とはそういうものではないかと思っていますし、国際性豊かな神奈川県ならではの施策であると自負しています。そこで気になるのはEPAで来日している看護師なんです。日本の看護師国家試験に3年以内に合格しなければ帰国せよというのは厳しい基準です。褥創なんて、日本人でも読めませんよ(笑)。
平澤:褥創の件はトピック的に取られすぎてしまっていますよ(笑)。
黒岩:それでも、こういうことを続けていたら、彼らはきっと日本のことを嫌いになってしまうでしょう。なぜ、こうなったかというと、日本政府の腰が定まっていなかったからです。自動車の関税をただにするから、フィリピン、インドネシアの看護師を受け入れるといったバーターだったのですが、自動車の関税と医療職の人間をバーターにすること自体がおかしいです。これでは彼らは何のために日本に来たのか、はっきりしません。日本の看護師になるのだと希望に燃えて来日したのに、裏切られたと思っているのではないでしょうか。難しい国家試験を受けなければいけないと言ったのは看護協会なんですね。日本で働くのであれば、日本人と同じ国家試験を通ってもらわないと、医療の安全を守れないというのが理由でしたが、そこは色々な方法があると思いますが、いかがですか。
平澤:看護協会としては、外国人看護師よりも日本人の潜在看護師を活用してほしいという思いがあります。インドネシアの方々への語学研修が短いことも気になります。彼らは大学を卒業していて、優秀であることは分かりますが、ケアの対象は日本人ですので、やはり十分な語学が必要でしょう。日本語のニュアンスは難しいですしね。
黒岩:褥創が読めないからといって、働けないわけではありません。彼らは自国では看護師の資格を持った人たちですし、フィリピンの看護師は全て大卒ですから優秀ですよ。私はフィリピンの看護教育の現場を見に行ったことがありますが、教育レベルの高さに驚きました。彼らのうちの90%が資格取得後は海外に出ています。これはフィリピンの国際戦略なんですね。ある種のグローバルスタンダードな看護師が日本に来て、また一から日本語の勉強をして資格を取らないといけないということに、彼らはうんざりしています。私がインタビューしたら、「日本の看護師はもっとレベルが高いと思っていましたが、あれが看護なんですか。私たちがやってきた看護の方がレベルが高い」と、すごく辛辣なことを言っていましたよ。ただ、フィリピンでは患者さんの身体を拭いたり、食事の介助をしたりといった身の回りの世話は家族の仕事であって、看護師の仕事ではないんですね。家族が病院に泊まり込むので、看護師は医療的なケアに注力できるといった事情の違いがあり、ベースが異なる以上は一概に比較はできませんが、彼らの専門性を活かすことはできると私は思っています。ある程度の語学ができればコミュニケーションできますし、完全に一人に任すのではなく、日本人看護師が補助すれば十分に成り立つのではないでしょうか。現在の制度は彼らにはあまりにもハードルが高いですよ。
平澤:知事がおっしゃりたいことは分かります。フレンドリーな存在でありたいですよね。
黒岩:神奈川県独自の取り組みとして、日本語教育を別枠でスタートさせる予定です。また、彼らが日本を嫌いになると国益に反するので、今度、彼らに神奈川県を一日観光してもらって、私と一緒にディナーを取るという計画(※)をしています。少しでも印象を良くしてもらいたいですからね。しかし、国はもう少し規制緩和してほしいです。
※ 2012年3月19日(月)に実施し参加者の方々には大変喜んでいただきました。
【看護師を目指す若い人たちにメッセージ】
平澤:看護師の仕事は人の命に関わるもので、とても素敵な仕事です。人の命に関わることによって、自分が生かされていることも知るのです。さらに、患者さんの命だけでなく、人格や人権も考えて、しっかりケアする看護師になっていただきたいですね。技術はもちろんですが、多くのことを学んでいくべき職種であり、生涯に渡って研鑽できる仕事です。そういう看護師の仕事の魅力を伝えていくことが私たちの役目だと思っています。
黒岩:私はずっと「いのち輝く」という「いのち」にこだわって、仕事をしてきました。この「いのち輝く」にあたっての最大のキーパーソンが看護師です。現代は病院に入院してくる患者さんをケアするだけの時代ではなくなりました。病院の中にいたら病院側の理屈でコントロールできることも在宅では難しく、看護師がもっと患者さんの「いのち」に向き合うことが求められています。住環境、衛生状態、人間関係などの条件の中で医療と福祉の連携を実現させるために高いコミュニケーション能力や問題解決力など、相当な力量が必要になるでしょう。薬を渡せばいいということではなく、様々な要因が患者さんに大きな影響を及ぼしますので、そこに入っていき、問題点を整理していかなくてはいけません。非常にやり甲斐のある仕事ですし、「だからこそ、やってみよう」という若い人たちが現場に来てくださることを期待しています。
平澤 プロフィール
社団法人神奈川県看護協会会長。
神奈川県出身。1967年に相模原看護専門学校を卒業後、神奈川県立公衆衛生看護学校に入学し、1968年に卒業後に保健師資格、養護教諭免許(一級)を得る。1968年に神奈川県に入職し、神奈川県立松田保健所に配属される。その後、神奈川県内の保健所、看護教育大学校、神奈川県庁衛生行政部門、市町村公衆衛生行政部門への派遣などを経験する。2006年3月に茅ヶ崎保健福祉事務所保健福祉部長の職を最後に神奈川県を退職する。2006年6月に社団法人神奈川県看護協会会長に就任する。