第35回 認知症予防

第35回 認知症予防

小山 幸代
北里大学看護学部教授

認知症予防

黒岩:認知症は徘徊や行方不明に繋がるなど、大きな社会問題になっています。これは接し方によって防げるものなのでしょうか。

小山:私たちは防げると考えています。私たちから見たら徘徊であっても、本人から見たらコーピングだったりもします。認知機能障害がある人の対処行動なんですね。私が関わってきたグループホームでも「物盗られ妄想」になる人もいますが、それは予測できるんです。身体的に不調だったり、傷つけられている体験から「物盗られ妄想」になることもありますが、達成感のある生活ができていない、単調な生活な場合に「物盗られ妄想」が出ることが分かってきました。面白い事例もありますよ。

黒岩:どんな事例ですか。

小山:10年ぐらい前の事例ですが、衝撃的です。トイレで大便をすると、綺麗にくるんで押入に隠したり、ベランダから捨てる女性がいました。これは「不潔行為」というものです。今はスタッフが色々な工夫をしてトイレを綺麗にしていますが、昔のトイレは汚かったので、昔のようなトイレにしてみようとトイレを黒く塗ったり、スタッフがタイミングよく、トイレに入っていって、流してしまうこともありました。でも、なかなかうまくいかなかったんです。あるとき、認知症の男性が入居してきましたら、その女性は「これを食べる?」などと、男性のお世話をし始めたんです。昔の女性は男性のお世話をしてきましたし、その女性もご主人にきちんと接してきた人なんでしょうね。そうしたら、便を持ち帰ることがなくなったんです。人間には自分のやりたいことがどこかにあります。エネルギーを使って、自分のやりたいことをするのが人として大切なんです。便を持ち帰っていた人は、非科学的な言い方になりますが、エネルギーを使えていなかったのではないでしょうか。

黒岩:ある種の生き甲斐や捌け口となることをどのように用意したらいいのでしょうか。

小山:大々的には難しいのですが、グループホームくらいの規模なら、お料理の得意な人にはお料理ですね。自分が人の役に立つと実感できれば、達成感を得られます。路地をお掃除したり、歌を上手に歌うことなどもいいですね。イベントがないと単調になりますから、文化祭もしています。マイナスなことへの対応も必要ですが、BPSDを発症しないように、予防的なケアをしなくてはいけません。認知症ケアに関しては先駆的な小規模施設が多くあります。

黒岩:在宅で家族が向き合うにあたっては、そのような取り組みでうまくいくものでしょうか。

小山:家族の発展過程を研究した友人もいます。発展には7段階あって、最初の4段階は色々と失敗をしますから、叱咤激励や専門家のサジェスチョンが入ります。そこで「私が笑っていれば、相手も機嫌がいいんだな」と分かったり、もともと対立していた家族でも、母親の認知症をきっかけに母親の優しい面に気づいたりもします。認知症は大変ですが、サポートする場所や人、多くの人的資源があれば、何とかなるんです。私も認知症になるかもしれません。私は「いいグループホームに入れてね」と家族に頼んでいるんです(笑)。「いい」というポイントは様々ですけどね。

認知症予防に向けた神奈川県での取り組み

黒岩:神奈川県では「未病を治す」という取り組みを行っていますので、その中で認知症の予防にも取り組んでいきたいと考えています。認知症を発症する前の段階は10年以上あり、段々と進行してくるんですね。我々は初期の段階からなるべく早く兆候を見つけて、認知症にならないようにいきたいです。今年、NHKスペシャルで愛知県の国立長寿医療研究センターの取り組みを見ました。海馬を鍛えて認知症の進行を止めるというもので、歩きながら7ずつ引いていくエクササイズが有効なんだそうです。今年度の予算を組み終わりかけていた時期でしたし、どこまで科学的に立証できているのかも分かりませんでしたが、少しでも可能性があるならと思い、一晩で予算をつけて始めました。立証されていなくても、副作用があるものではないですしね。看護職の観点からも、認知症にならなくする予防法はありますか。

小山:認知症予防への取り組みは看護、介護、医療の壁を超えています。難しい運動なら運動療法士や理学療法士しかできませんが、歩きながら7を引くというのは身体と同時に頭を使うので、いいと思いますし、ほかにも方法はあるでしょう。もう一つは好きなことをするというものです。無理矢理やっても、続きません。好きなことに楽しく取り組むことが大切です。頭と身体の二重課題をクリアしながらだと、なおいいですね。

黒岩:好きなことを持っている人は認知症にならない可能性がありますか。

小山:金子満雄先生はそうだと強調されていますね。金子先生は、認知機能を測る「かなひろいテスト」を開発された方です。麻雀やゲーム、トランプなどをすると、のめり込んで頭を使いますし、好きな音楽を演奏したりするのもいいそうです。そういったリハビリ施設もありますよ。

黒岩:好きなことや趣味が大事なんですね。

小山:治すというよりも、進行防止になるんです。心も頭も好きなことの方に向きますから、活性化するんですね。身体を使うなら、なお効果的です。

黒岩:趣味がない人は良くないですね。

小山:金子先生は企業戦士だった人が引退したあとは危ないとおっしゃっていました。女性は地域に根ざして趣味の活動などをしていますしね。認知症予防や未病を治すのは年をとってからよりは50歳を過ぎてからぐらいがいいと思います。今を楽しみながら、進めていけるはずです。神奈川県の保健福祉計画を拝見したのですが、未病を治す取り組みの中で企業と団体で取り組むものに注目しました。最終的には個人であっても、予防なら企業も重要です。

黒岩:神奈川県では「未病を治すかながわ宣言」をしていますが、その中に3つの要素があります。食、運動、社会貢献です。社会貢献は触れ合うことよりも、生き甲斐や遣り甲斐が大事です。一人暮らしの高齢者が社会から孤立すると、未病を治すには良くないです。誰かの役に立つことが大切なんですね。認知症の予防にも重要です。認知症になった親を外に出さないようにする家庭もありますが、それは違うと思いますね。

小山:認知症になってからも大切です。厚生労働省も随分、取り組みを行っています。認知症のプラス面の報道が増えてきて、少しずつ変わってきましたし、認知症だから恥ずかしいという時代ではありません。

黒岩:認知症が増えてきたというのもありますね。今までは認知症は特別という意識があって外に出せなかったり、恥ずかしくて家に隠していたけれど、あまりにも数が増えました。

小山:もう隠してはおけないですものね。

黒岩:逆にオープンにした方がいいですね。

小山:これから政府も政策を打ち出していけば、変わっていくでしょう。それまでに治療の薬ができるかもしれません。今を充実させて認知症予防や未病を治すことができれば、ゆとりや楽しみが生まれますから、合わせて考えていきたいものです。

小山 幸代 プロフィール

1955年に茨城で生まれる。1978年に千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程を卒業後、北里大学病院一般外科病棟に勤務する。1981年に神奈川県立衛生短期大学(現 神奈川県立保健福祉大学)の助手として着任し、講師に就任する。1992年に南大和老人保健施設に非常勤勤務をする。1994年に東京大学大学院医学系研究科(保健学専攻)の修士課程を修了する。1995年に横浜市立大学看護短期大学部助教授に就任する。2002年に東海大学健康科学部看護学科助教授に就任する。2008年に大和市社会福祉協議会デイサービス、高齢者グループホーム オリーブの家に非常勤勤務をする。2009年に常磐大学大学院人間科学研究科博士課程を修了する。2010年に北里大学看護学部教授に就任する。専門は生涯発達看護学。日本早期認知症学会理事、日本運動器看護学会理事、最後までよい人生を送る会;相模原会員など。