第34回 生涯発達看護学とは
生涯発達看護学とは
黒岩:こんにちは。本日はようこそいらっしゃいました。
小山:ありがとうございます。どうぞ宜しくお願いします。
黒岩:先生のご専門は生涯発達看護学ということですが、どういった学問なのでしょうか。
小山:人は生まれてから年をとって亡くなるまで発達する存在なんだと捉えたうえで、看護を考えようという理念を持っている学問です。発達と言いますと、母性看護だったり、小児看護だったりという存在をまず思い浮かべますが、私どもの学部では高齢者も発達するという考えを重視しています。
黒岩:面白いですね。高齢者は徐々に衰えていくというイメージがありますが、高齢者も発達するんですね。高齢者の発達とはどういう意味でしょうか。
小山:エイジングというぐらいですから、年をとれば当然、身体は衰退します。しかし、エリクソンという心理学者が「人生を統合していく老年期にはより人格的な豊かさを身につける」というように言っています。病気になったり、身体が弱くなって絶望することも出てきますが、そういった弱さと折り合いをつけながら統合に向かって取り組むことが大切ということです。老年期には若いときにも増して人間的に豊かになることができるという考えです。
黒岩:実りということですね。
小山:はい。高齢者も発達するので、そこを支えていく看護をというのが私どもの考えです。
黒岩:私はアンチエイジングという言葉を使わないようにしています。エイジング、年を重ねることに、アンチ、抵抗するというのは老化が悪いことだというイメージに繋がりかねません。我々はウェルエイジングやハッピーエイジングだと言っています。
小山:それは私どもの考え方と共通しますね。老年看護学を教える中で「年をとってくると、どんな考え方ができるようになるのか楽しみ」と学生に話してしまって、笑われることもあります(笑)。
黒岩:実っていくうちに、身体の機能は衰えますよね。看護はそういった状況にどう向き合うのですか。
小山:年をとると衰えますし、活動量も落ちていきます。定年を迎えたり、70、80代になってきますと、忙しい生活も少なくなります。しかし、身体の機能が衰えても、残っている機能が60%から90%あるとするなら、残っている機能に着目した看護をします。100なくても、40あればできる生活を目指すんですね。
認知症のケア
黒岩:認知症も同じですか。
小山:同じです。中核症状があって短期記憶が衰えたり、見当識障害があっても、社交する力が残っていることもあります。お茶を淹れること、お料理の味付け、着付けといった、もともと得意だったことや、長い人生をかけて培ってきた感性も残っています。でも、認知症があれば、サポートがないと、得意なことを発揮できないんですね。看護としては、これらを発揮できるように支えています。
黒岩:神奈川県でも超高齢社会を乗り切るための「神奈川モデル」を提唱し、国家戦略特区に選ばれています。この中で最先端医療と未病を治すことを融合させ、健康寿命を伸ばそうと言っていますが、悩ましいのが認知症です。認知症の方々をどうサポートするべきか途方に暮れていますし、これだという解が見えていないのが現状です。
小山:私はこれまでグループホームをフィールドに研究してきました。9人ぐらいの小規模で家庭的な環境ですと、ここにいてもいいんだという安心感が生まれますので、認知症の方が混乱しないんですね。安心できる環境や人との関係性、集団の雰囲気が保障されれば、どんなに重症の人でも本人が持っているものを発揮できたり、「本当に認知症なんですか」という暮らしができます。
黒岩:そうなんですね。
小山:ある認知症病棟に知り合いが働いているんですね。行政の方が見学にいらしたときに、「なんだ、普通の病棟じゃないですか」とおっしゃったそうです。でも、単に普通の病棟ではないんです。医療職、看護職、介護職といったスタッフが入って、充実した生活ができるような環境を整えているんですね。認知症のマイナス面を見て、マイナスに対応すると、マイナスに傾いていきますが、マイナス面が出る前に本人たちが満足して暮らせる生活を整えると、プラスに循環するんですよ
黒岩:それはすごいですね。しかし、グループホームでの生活なら専門のスタッフが看てくれますが、在宅でそれを実現するのは難しいでしょう。
小山:認知症の方への接し方をご家族の方にも学んでいただかないといけませんね。看護職はショートステイやデイサービスにもプロとして関わり、自分が家族の立場ならということを常に念頭に置いています。私どもの研究では認知症になっても健康的に暮らせることが全体的な目標です。認知症予防は確かに大切ですが、「これができたら、予防できる」というところまではまだ到達していないので、予防をしたとしても認知症になる可能性はあります。しかし、認知症になっても、自分らしく生きられるものを選んでいけばいいという考えを広めたいですね。この考えがあれば、「認知症になったから、もう駄目だ」ということにはならないはずです。
黒岩:認知症の方の面倒をみている家族をどうサポートするかが課題ですね。看護師は専門職としてしっかり看ていますし、ショートステイにいる間は家族も安心でしょうが、ショートステイは限られた時間ですから、また自宅に帰ってきたら、家族のケアになります。ヘルパーさんが来たとしても、中心は家族です。したがって、家族が看護の知恵や知識、技術を身につけないといけませんね。
小山:認知症の方の家族の方たちは専門家が入ってくる前から自分たちで組織を作ってきて、今も力を入れています。専門職が入ってくることでレスパイトするのも大事ですが、同じような立場の仲間と話すのがいいみたいですね。「認知症の人は何でこういうことをするんだろう」という疑問など、家族には家族という立場でしか分からないこともあるので、そういう場で話し合っています。しかし、家族の側のゆとりは重要ですから、そこを支えるために色々なものを組み合わせていかないといけません。なかなか広まりませんが、その意味では小規模多機能型居宅介護のサービスは認知症の人には有効です。
小山 幸代 プロフィール
1955年に茨城で生まれる。1978年に千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程を卒業後、北里大学病院一般外科病棟に勤務する。1981年に神奈川県立衛生短期大学(現 神奈川県立保健福祉大学)の助手として着任し、講師に就任する。1992年に南大和老人保健施設に非常勤勤務をする。1994年に東京大学大学院医学系研究科(保健学専攻)の修士課程を修了する。1995年に横浜市立大学看護短期大学部助教授に就任する。2002年に東海大学健康科学部看護学科助教授に就任する。2008年に大和市社会福祉協議会デイサービス、高齢者グループホーム オリーブの家に非常勤勤務をする。2009年に常磐大学大学院人間科学研究科博士課程を修了する。2010年に北里大学看護学部教授に就任する。専門は生涯発達看護学。日本早期認知症学会理事、日本運動器看護学会理事、最後までよい人生を送る会;相模原会員など。