第19回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第19回 柳澤厚労大臣にまかせていていいの?

 柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」という発言が大問題となりました。女性が聞けば怒ることは明らかと思われる表現を、よくもまあ、ご自分の立場もわきまえずしたものだとあきれ返ります。「機械」という言葉自体は口が滑っただけのミスだとしても、そもそも発言の趣旨が「少子化の責任は子供を生まない女性にある」というものでしたから、これは単なる失言問題ではありません。野党が厚生労働大臣としての適性に問題ありとして、いっせいに辞任要求を突きつけたのもやむをえなかったでしょう。

 安倍総理が全力をあげて彼を守ったこともあり、なんとか辞任を免れました。しかし、問題発言で記者に追い掛け回されている最中に、彼は何度も弁明をしていましたが、その弁明そのものから問題発言が飛び出してくるのですから、話になりません。

 たとえば彼はこんな弁明をしました。「私、日ごろ、経済問題を考えてる人間ですので、ついつい経済との類似性ということで説明しようと思った」。私はこの言葉に怒りさえ覚えました。確かに彼は旧大蔵省出身で政治家の中でも、有数の経済政策通であることは誰もが認めるところです。しかし、経済の専門家だからどうだというのでしょうか?厚生労働大臣になってからも、経済の専門家として考えていましたということなのでしょうか?

 そもそも少子化問題を論じる中で、どうして「経済との類似性」で考えると、「女性が産む機械」になるんでしょうか?全く理解不能です。経済というのは数字に置き換えて考えていく学問ですから、「私はなんでも数字で考えるんです」と自白しているんでしょうか?数字で考えるクセがついているから、自分は厚生労働行政は得意じゃないという意味なのでしょうか?それなら自分で大臣に向いてないと認めているわけですから、ただちに辞めるべきです。

 そもそも厚生労働大臣とは何をする大臣なのでしょうか?経済関連の担当は財務大臣をはじめ、金融担当大臣、経済財政担当大臣、経済産業大臣などです。彼らは経済の数値を見ながら、まさに経済政策を進めていく立場にあります。それに対して、厚生労働大臣というのは、医療・福祉・年金・労働など、まさに人間のいのち、生活そのものを担当する政策責任者です。

 財務大臣が国の財政を守ろうという視点から医療費の削減を求めてきた時に、それに対抗していのちを守るための予算を確保しようとするのが厚生労働大臣の最大の仕事です。数字だけで医療・福祉を論じるべきではないと、徹底的に抵抗すべき立場にあるはずの大臣に「私は日ごろ経済問題を考えてる人間ですので・・・」と言われてしまえば、患者も医療人も救われようがないではありませんか。

 ナースのみなさんの労働環境や条件、仕事の中味を担当しているのが、まさに厚生労働大臣です。医療費削減や賃金カットにだけ関心があるような大臣でいいのでしょうか?ただでさえ、医療費削減の大きな目標の下で、ベッド数は減らされ、スタッフの数も減らされ、さまざまな制限が加えられようとして、悲鳴を上げているのが今の医療現場です。そういった生の声に耳を傾けずして、経済の専門家として施策をドンドン講じられていったら、たまらないと思いませんか?

 そうしたら、またこんな発言が飛び出してきました。「若い人は『結婚したい。子どもを2人以上持ちたい』というきわめて健全な状況にある」。子供を二人持つことが「健全」な発想なのか?それじゃ子供一人でいいと思う人は「健全」ではないということか?ましてや子供はいらないと思っている人は、「不健全」ということなのか・・・。

 子供が欲しくて欲しくてどうしようもないのに、なかなか子宝に恵まれずに悩んでいる女性も大勢います。私の友人の中にもそういう女性がいて、子供を見るだけで涙が出てくると言われたこともありました。そんな女性たちの心をどれだけ傷つける無神経な発言なんでしょうか?

 少し考えれば子供でもおかしいと思うような不適切な言葉がなぜか次から次へと出てきます。当然のごとく、国会でも徹底的に追及されました。すると、今度はこんな弁明をしました。「私は国語力は十分ではないので、またなにか言うと波紋を呼ぶ・・・」。

 私は基本的にはマスコミお得意の「揚げ足取り」は好きではありません。できるだけそういうことはしないでおこうといつも番組のスタッフとも話しています。しかし、柳沢大臣の発言の抱える問題というのは、より深刻であり、重大だと思わざるをえないのです。その象徴がこの発言です。

 教育再生を掲げる安倍内閣の重要閣僚が、国語力が十分でなくてもいいんでしょうか?教育の基本中の基本は読み書きそろばんです。国語力をつけさせることは教育再生の最も大事なことの一つです。それにも関わらず、自分は国語力が不足していると開き直る大臣はなんなのでしょうか?そもそも国語力というものを彼はどういう風に認識しているのでしょうか?国語力とはただ単なる言葉選びの問題だと思っているのではないでしょうか?

 政治家に求められるのは、コミュニケーション能力です。国民に向かって、政策を分かりやすく的確に説明し、その責任を負うというのが政治家の仕事です。自分は政策の中身についてはちゃんと分かっていて、きちんと判断する能力はあるんだけど、それをうまく表現できないんだと言いたいのかもしれませんが、それでは大臣失格です。

 問題発言は留まるところを知りません。今度は政策の中身に対する認識の甘さが専門家の逆鱗に触れてしまいました。「産婦人科医が減っているのは出生数の減少で医療ニーズが低減していることを反映している」と国会で答弁したのです。これでは産科医が減るのは少子化なんだから当然のことであって、何も問題ではないということになってしまいます。それなら今、各地で大問題になっていて、メディアもさまざまなカタチで取り上げている産科の危機というのは、間違いだと言うのでしょうか?産科医たちは激怒しています。  確かに産婦人科医一人あたりの出生数は90年が95人、04年が98人ですから、極端に増えているわけではありません。そのことを見て、問題なしというのであれば、まさに「経済問題を考えてる」大臣の真骨頂と言えるでしょう。まさに数字だけ見て、現実を見ていないことを象徴的に示しているようです。

 訴訟を恐れたり、過酷な労働を嫌う産科医たちがどんどん病院を離れ、産科病棟の閉鎖が相次ぎ、残った産科医たちの労働条件がさらに悪化し・・・という悪循環に陥っているのが今の産科医の現状です。卒後臨床研修の義務化に伴い、研修医はいろいろな科を廻っていくようになりました。その結果、より楽でリスクの少ない科を選びがちになってきたようです。産科医の現状を生々しく見ることで、こういう仕事はやりたくないと思ってしまう研修医が多く、なり手がさらに減少していると言うのです。

 卒後臨床研修制度自体はそれまではあいまいな存在であった研修医の身分を保証し、医局支配を打破する前向きの改革でした。かつては研修医は医局の中に強引に組み込まれていっていましたから、科による偏在はあまりありませんでした。ところが、この改革によって研修医たちに自己決定権が与えられたことにより、こういった思いもよらなかった弊害も出ているのです。

 そんな状況の中で、なんとかして産科医療を支えなければならないと粉骨細心、がんばっている産科医たちがこの大臣発言に激怒したのは当然のことです。これは単なる言い間違いでもなければ、国語力の問題でもありません。医療の現状を知らないのです。医療の数字にはご関心がおありのようですが、いのちが今、どんな状況に置かれているかの現実には興味がないのではないでしょうか?

 柳沢大臣はある面では東京大学を優秀な成績で卒業したと言いますから、お勉強はとってもできたことは間違いありません。しかし、勉強ができるというのと仕事ができるというのは全くリンクしないものです。かつての金融大臣の頃はそれなりの存在感を示した柳沢大臣ですが、どう考えてみても厚生労働大臣という職は向いていないと思わざるをえません。





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