第11回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第11回 〜エビデンス〜

 「エビデンス」という言葉が医療の世界でうるさく言われるようになりました。エビデンスとは証拠・根拠という意味で、EBM(Evidence based Medicine)とは「根拠に基づく医療」と訳されています。いまどきになって、急に声高に叫ばれるようになったのはなぜなのでしょうか?それが大事なことだということは分かりますが、素人的にあえて言わせてもらえば、それならばこれまでの医療は必ずしも根拠に基づいていなかったということなのかと、疑念を抱かざるをえません。

 それよりも、私は「エビデンス」を最優先する発想法そのものに矛盾を感じることがたくさんあります。「エビデンス」さえあればいいのか、また、それがなければすべては否定されなければならないのか。少なくとも私には「エビデンス」が捉えきれないものの中に、タカラモノがいっぱい眠っていると思えてならないのです。

 平成14年、日本臨床救急医学会で救急救命士に「気管挿管」を認めるべきかどうかの緊急討論が行われたときのことを、今も生々しく思い出します。私はその場で「エビデンス」の厳しい洗礼を受けることになりました。

 平成3年に救急救命士制度ができたとき、これまで医療行為だとされていた「点滴」「除細動」が救急隊にも認められました。しかし、救命の3点セットと言われたもうひとつの処置、「気管挿管」は認められず、「器具を使った気道確保」というカタチで決着していました。

 それが10年を経て、改めて「救急救命士の応急処置範囲のあり方」を検討しようということになり、厚生労働省でも検討会が開かれました。その報告書もまとまった上での会だったことから、私は前向きな討論の場になるものとばかり思っていました。ところが実際に議論が始まってみると、まったく正反対の方向に進んでいくではありませんか。救急救命士による「気管挿管」の危険性ばかりが強調されるのです。

 そして、肝心の報告書取りまとめの座長から驚くべき発言が飛び出してきたのです。つまり、救急救命士や海外のパラメディックによる「気管挿管」の有用性を過去20年間の文献などから調査した結果、「救命率向上に寄与したという医学的証拠は存在しなかった」つまり、「エビデンスがない」と言いきるのです。

 私は愕然としました。「エビデンスがない」と断定された「気管挿管」を救急救命士に認めるはずがありません。それではこれまで積み重ねてきた議論がすべて無に帰してしまいます。救急救命士はもともとアメリカのパラメディックを参考にした資格ですから、本来は制度スタートの時点で、「気管挿管」まで認めておくべきでした。それが日本医師会と麻酔学会の強硬な反対によって、妥協を余儀なくされたことから先送りされていたのです。それが10年経ってようやく解決の機運が熟し、ゴール直前にまできた段階でこんな後ろ向きの議論が出てきたのです。しかも座長自らがその議論をリードしているのですから、厄介な話です。

 私は思い余って会場から挙手をして発言を求めました。「気管挿管にエビデンスがないというなら、どうして救命センターの医師たちは挿管をするのか?フランスのドクターカーに乗った医師たちはみんな現場で気管挿管をしているが、あれもすべてはエビデンスのない処置と言うのか?医師の挿管は問題なく、救急救命士の挿管にはエビデンスがないというのはおかしいではないか」

 会場の救急救命士たちから大きな拍手が巻き起こりました。壇上の座長は明確な答えができませんでした。「これは単なる科学研究にすぎない」という全く意味不明の釈明をするのみでした。結果的には、その後、厳しい条件つきながら救急救命士の「気管挿管」は認められることになりました。しかし、「エビデンス」という言葉は時として、ある思惑のために利用されることがあることを私に教えてくれました。

 私は今、西洋医学の限界を超えてそれを補うものとして中国漢方医学に注目しています。しかし、ここでも「エビデンス」の壁が日本での本格的な普及を妨げています。

 去年の暮れに北京の病院を見学してきましたが、西洋医学と中国医学の結合した中西医結合医療が実践されていました。一見、日本と同じような西洋医学の病院ですが、中に入ってみると、針治療、気功などを行う部屋や漢方薬専門の調剤薬局もありました。西洋医学のいいところと漢方のいいところをうまく調和しながら、患者の治療に当たっているのです。

 たとえば、ガンの早期発見、手術は西洋医学のお得意とするところです。しかし、手術の後、再発をしないようにするためには漢方が有効です。再発後や末期に至ったガン患者に対して西洋医学はあまりに非力です。手術・抗がん剤・放射線などの処置を行うことになりますが、どれも副作用があって患者はその苦しみに苛まれることになります。副作用の苦しみで免疫力を落とし、亡くなってしまうケースも多いようです。そんなとき、副作用の少ない漢方が大きな効果を発揮することも少なくありません。できるかぎり長くQOL(生活の質)を維持しながら最期に向かっていくためには、漢方は西洋医学よりもはるかに有効です。

 日本でも西洋医学以外のさまざまな療法を取り入れて実践している病院があります。埼玉県の帯津三敬病院は統合的な医療、ホリスティック医療を実現しようとあらゆる試みを行っています。自分のために自分で行う内気功を積極的に取り入れ、健康道場で呼吸法を指導しています。また、症状に似た作用を起こす極微量の劇毒薬をあえて投与するホメオパシーと呼ばれる民間療法を実践し、漢方薬も積極的に処方しています。

 帯津良一先生は東大医学部を卒業した外科医でした。まさに自ら西洋医学の限界に気づいたことから、自ら開業し、日本の医療体制の下では不可能と思われた統合医療の実践の場を築き上げてきたのです。患者の気持ちの上に立った医療とはこういうものだろうと実感できる病院です。私自身もたくさんのガン患者さんから相談を受け、この病院を紹介しました。

 ただ、いくら患者さんがそれによって満足し、感謝しても、こういう試みはほとんど一般化しません。それはホメオパシーや気功、呼吸法などの「エビデンス」が十分に取れないからなのです。そもそも漢方は個人個人の体質に合わせて処方していくオーダーメイド医療ですから、「エビデンス」は取りにくいのかもしれません。帯津先生は「エビデンス」よりも、患者の選択肢を確保することを重視します。

 「エビデンス」が十分でなくても、患者にとっては「ガンに効いたのではないか」と実感できる治療・療法はいくらでもあるでしょう。もしそうであるならば、結果的にはその治療・療法がその患者にとってはベストの選択だったことになるはずです。あなたには効いたけれど他の人に効くかどうかわからないと言われても、大概の人はとにかく自分にさえ効けばそれでいいと思うに違いありません。

 本来「エビデンス」とは患者にとって安全で有効な治療法を提供するために採用された考え方です。それにより科学的な医療を発展させることもできるはずです。しかし、「エビデンス」を最優先する発想に立ち過ぎると、患者にとっての選択肢を狭めてしまうことになりかねません。

 そもそもみなさんご専門の「看護」だって「エビデンス」が明確な業務なのかと問われれば、否定的な答えをせざるをえないでしょう。どれだけのケアをしたら、どれだけの治療効果があるものなのか、それが明確に根拠づけられないからといって看護は必要ないと言えるのでしょうか?「エビデンス」は重視しながらも至上主義は排し、ほどほどに付き合うことが大事なのではないでしょうか。





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