第37回 2014年を振り返って
2014年を振り返って
― 明けましておめでとうございます。
黒岩:明けましておめでとうございます。
― 黒岩知事は2014年も多くの政策に取り組んでこられましたが、一年を振り返ってみて、いかがですか。
黒岩:神奈川県は「ライフイノベーション国際戦略総合特区」と「さがみロボット産業特区」の2つの特区に認定されていました。それに加え去年は「健康・未病産業と最先端医療関連産業の創出による経済成長プラン~ヘルスケア・ニューフロンティアの実現に向けて~」という取り組みが神奈川県全域で国家戦略特区として認められました。これは超高齢社会を乗り切るために、最先端医療・最新技術の追求と『未病を治す』の二つのアプローチを融合させながら健康寿命を延ばしていこうという取り組みですね。2014年はこれを前進させ、国際的なネットワークをさらに強固に作った年でした。
― どういう国や機関とネットワークを結ばれたのですか。
黒岩:2013年11月にシンガポールの政府機関とMOUを締結したのを皮切りに、2014年はアメリカのメリーランド州、マサチューセッツ州、ハーバード大学、ジョンズ・ホプキンス大学、スタンフォード大学ともMOUを締結しました。さらに秋にはフランスの政府関係機関であるCVT-Sud、フィンランドのオウル市、ドイツのバーデン・ビュルテンベルク州などと提携が決まり、神奈川県をハブとした大きなネットワークができたのです。私もそこまでいくとは想像していませんでしたが、我々の訴えていること、目指していることが世界共通の課題を解決するのだと認識しました。
― 海外では「未病を治す」という概念はどのように認識されたのでしょう。
黒岩:未病を「ME-BYO」として商標登録しました。そのうえで海外の方たちにコンセプトを説明したら、未病は西洋医学にはない概念ではありますが、納得してくださいますよ。先日、フランスで私が講演をしたあとで、政府関係機関の女性医師と話をする機会がありました。彼女は「今の医療はピカソメディスンだ」と言うんですね。何のことかと思いましたら、ピカソの描く絵を今の医療にたとえているのです。ピカソの絵は目や鼻、耳、口が別の方向を向いています。一つ一つのパーツはきちんと描けているのに、一目で人間の顔に見えないんですね。今の医療も一つ一つの科は専門化が進んでいますが、人間全体を診ているわけではないという問題を指摘しているんです。やはり人間全体を診る医療に変えていく必要があります。彼女の指摘は我々の言う「未病を治す」というコンセプトに非常に近いと感じました。ところが、彼女の講演のあとでのレセプションの席で、私が「あなたは東洋医学に詳しいのですか」と尋ねたら、彼女は「全く知らない」と言うんですよ。
― 意外ですね。
黒岩:非常に面白かったのですが、彼女は西洋医学に限界を感じているんですね。分かりやすく言うと、病気を叩き潰す医療では超高齢社会を乗り切ることはできません。身体全体を診ることが大事であり、そのための新しいステージを作っていかなくてはいけません。しかし、医師の世界では専門性が非常に高くなってきています。アメリカでも活躍している別の医師に話をすると、「その通りだ」と言うんですね。「これからは右腕は診られるけれど、左腕を診ることはできない医師も出てくるかもしれない」とのことでしたが、それでは意味がありません。部分よりも人間全体を診る医療が求められているのです。その中で看護師の役割も改めてクローズアップされるでしょう。看護師が部分だけを看ていても看護になりません。患者さんがどんな状態であっても身体全体を看るのが看護師らしさであり、看護の基本です。
求められる看護師教育とは
― そんな時代の中で、看護師教育はどうあるべきでしょうか。
黒岩: 「神奈川県における看護教育のあり方検討会」を進めてきた中で、准看護師の養成停止を決めましたし、臨床を中心とした看護教育への転換も話し合われました。現在、新人看護師の約10%が入職後1年以内で退職するというデータがあります。これは看護学校で勉強してきた内容と実際の現場で起こっていることが違う、理想と現実にギャップがあることからのリアリティショックが原因の一つです。折角、国家試験に合格して得た仕事なのに、1年で辞めてしまうのは勿体ないですね。そのためには臨床を中心の教育に変えていかなくてはいけません。
― それは実習を強化するということでしょうか。
黒岩:極端な話で言えば、座学は後回しでもいいと思いますよ。我々が特区で計画していることの一つに国際的医療人材を養成する医学教育があります。世界の様々な事例を調べたところ、アメリカのデューク大学の例を知りました。デューク大学医学部がシンガポール国立大学医学部と提携して、シンガポールにメディカルスクールを設立したのです。デューク大学医学部シンガポール校となっていますが、そこでの教育がとてもユニークなんです。学生に課題を与え、学生は与えられた課題を一人で勉強します。そして、その結果を持ち寄って、どのようにその課題を解決すべきかをディスカッションします。私はこういった医学教育は看護師教育でもできるのではないかと考えました。看護は患者さんにどう向き合うのかということから始まります。看護学校で基礎的な看護学を一生懸命に学んで、それを覚えての繰り返しでは、卒業後にいきなり高齢の患者さんの前に出たときに話もできません。例えば、手術のあとにはどう向き合い、何を話すべきかなど、現場対応の仕方を徹底的に学んでほしいです。今はインターネットが充実していますので、その背景となる知識については自分でも調べることができます。それよりも友達や教員とディスカッションして、看護のあり方を考えるべきですね。このぐらいのダイナミックな看護教育を行う必要性を感じます。看護学校の教員が使い古したノートを使って、擦り切れたテープレコーダーのような話を繰り返すような時代ではありません(笑)。
― 実習強化となると、受け入れ先の病院の負担も増しますね。
黒岩:「神奈川県における看護教育のあり方検討会」では実習先の病院の負担軽減についても話し合ってきました。そこで提案されたのが「看護実践教育アドバイザー」の設置です。実習先の病院は現場ですから、メンバーはぎりぎりの人数で働いています。そのうえで、実習の看護学生を受け入れるためのメンバーを割かないといけないのはとても負担なんですね。そこで、神奈川県では神奈川県独自の取り組みとして、全国初となる看護実践教育アドバイザー制度を導入しました。神奈川県で看護実践教育アドバイザーとして、実習の受け入れ病院へ派遣します。看護実践教育アドバイザーは看護学生が効果的な実習を行えるように、学生への目配りを行うほか、学生を指導する病院の実習指導者への助言を通じて、実習指導の質の向上を図り、指導体制の整備を支援しています。しかし、これだけでは不十分です。今後は在宅医療の場での実習も必要ですね。