第24回 看護実践教育アドバイザー制度
看護実践教育アドバイザー制度
黒岩:私自身にとって20年、看護界にとっては60年来の悲願であった准看護師問題ですが、去年、ようやく神奈川県では決着することができました。神奈川県は人口10万人あたりの看護職員数が全国で最下位でした。この改善のために、「神奈川県医療のグランドデザイン」を作り、神奈川県の医療はどうあるべきかを検討したのです。その中で「神奈川県における看護教育のあり方検討会」から准看護師養成を停止すべきだという話が出てきました。しかし、看護師が足りていないのに、准看護師養成を停止するとはどういうことだという反対意見も出されたんですね。そこで、看護師の養成数を増やしていくために協力して欲しいと各方面に働きかけていきました。その結果、准看護師養成を停止することができ、それが看護界への強烈なメッセージとなり、神奈川県ではこの2年間で4918人の就業看護職員が増えたのです。看護職員の増加数は全国で1位となっています。
熊谷:これからも増えそうですね。
黒岩:看護学校や看護大学も増えていますからね。でも、それだけ増えても、まだ最下位から一つ順位を上げただけなんです。それだけ神奈川県の人口が多いということでしょうね。道は容易ではありませんが、変わってきたことは間違いありません。そこで、課題として浮かび上がってきたのが実習です。新しい看護学校や看護大学が増えてきたら、学生の数も増えるわけですから、実習の病院が大変になります。それで「看護教育のあり方検討会」が病院の現場の声を集めてきたのです。実習病院がなぜ大変かというと、学生の対応をしなくてはいけないからなんですね。その対応をする余裕がなかなかないとのことでしたので、対応をするための看護実践教育アドバイザー制度を作りました。看護師は自分の仕事に集中しつつ学生指導にあたり、看護実践教育アドバイザーが実習の学生さんを支援するという制度です。
熊谷:先進的な制度ですね。臨床教員は重要ですから、教える人を現場の看護師とは別に置くというのはいいことだと思います。
黒岩:それから看護学校と病院の交流を深めます。看護学校の先生は看護の現場を離れてしまっている方が少なくないので、現場とは意識のずれが出てきます。看護技術も変わってきていますし、交流を行わないといけないという意見も現場から出されたんですね。今後、神奈川県では看護師のあり方のモデルを作っていきたいと考えています。
看護教育のあり方を考える
熊谷:私は厚生労働省の新人看護職員研修に関する検討会の委員を務めています。これから5年目をむかえての評価をいかし、見直しをする段階におります。基礎教育は基礎教育で完成させたうえで臨床の現場に出ても、実践能力が必要です。基礎と臨床を繋ぐにあたっては卒前教育のあり方も重要でしょう。知事もおっしゃったように、臨床実習をすることも厳しい状況になっていますし、看護学校が増えれば教員の確保という問題もあります。やはり、臨床側と基礎教育側が一緒に話し合い、学校に入学してから看護師として現場で働くようになるまで、どのように育てていくかという議論が必要です。
黒岩:基礎と臨床を分けて考えるのは現実的ではないですね。
熊谷:そこで、山形県が立ち上げた「山形方式・看護師等生涯サポートプログラム」は綿密ですし、参考になると思います。山形県では中学生、高校生が看護師という職業に憧れを抱いたときから、看護学校に入学し、実習をして就職し、就職後のキャリアアップを行っていくまで、県と関係機関が密接に連携しながらライフステージに応じた段階的な支援を行っています。
黒岩:私は病院の外側から見てきて、新人看護師がリアリティショックで辞めていくのはリアリティショックを起こさせるような教育が悪いのだと思っていました。卒業後は現場に出ていくわけですから、どんな現場なのかということを教えることから始めるべきです。看護の世界だけではありませんが、日本の学問の世界はとかく知識をつめこむところから入りがちで、フィールドワークや現場というものを軽視している傾向があります。教室で学ぶこと、論文を書くことも大事ですが、看護師は実践ありきですよ。まずは患者さんと向き合ったときに、どんな会話をするのかということから始まるはずです。
熊谷:おっしゃる通りです。
黒岩:取材で、看護学校の授業を聞きに行ったことがあります。今は変わってきたのでしょうが、そのときはこれでは駄目だと思いました(笑)。教員が何十年も使ってきたような自分のテキストをもとに話をして、学生が次々にノートを取っているのです。時代が進んできて、新しい看護方法や技術も出てきているわけだから、これでは現場でリアリティショックが起きるのも当然ですよ。看護教育は臨床や実践を重視したものに変えていかなくてはいけません。そうは言っても、現場には教育のための余裕がないので、看護実践教育アドバイザー制度を新設したのです。
お互いに期待すること
熊谷:私は以前、神奈川県の職員でもあり、衛生の仕事をしたり、教育現場にもいました。神奈川県は先進的な県で、全国で初めて卒後の看護教育機関を作るなど、一歩先を行っていた県です。知事が進めていらっしゃる看護実践教育アドバイザー制度も一歩先の制度ですよね。今後は働く側の希望だけではなく、医療の受け手は患者さんなので、患者さんにどういう医療が提供されればいいのかという、受け手から見た看護を充実させるための教育のあり方をご検討いただきたいです。一歩先の看護の実現のためにご尽力くださっているのは本当に嬉しいです。
黒岩:私はいつも「三歩先を行く神奈川県を目指す」と言っているんですよ(笑)。
熊谷:申し訳ありません。一歩では甘かったですね(笑)。
黒岩:神奈川県は「ヘルスケア・ニューフロンティア構想」のもとで、大きな目標を掲げています。1970年は見事な人口ピラミッドで、85歳以上の方はほとんどいらっしゃらなかったのに、2050年には全く逆のピラミッドとなり、人口分布で最大の年齢層が85歳以上になるのです。そうなると、これまでのシステムは機能しなくなりますから、二つのアプローチでこの事態に対応します。まずは再生医療や個別医療など、最先端の医療技術を追求することです。次に未病を治すことですね。つまり、食のあり方や生活習慣によって、健康に戻します。この二つを同時に行いながら、二つを融合させていきます。未病のあり方は技術の力によって、見える化します。最先端のモニタリングシステムで、どのぐらい未病の状態にあるかを見える化し、日常生活に介入するのです。言い換えれば、保健師活動のようなものをシステム的に広げていきたいと考えています。
熊谷:素晴らしいシステムですね。
黒岩:そのための人材として、一番ふさわしいのが看護師の皆さんです。超高齢社会が進展し、高齢者が次々に病気になって介護が必要になったら、いくら病院があっても対応できません。だから病院の外で、地域で、どのように未病を治していくかが重要なのです。健康寿命日本一の県を目指すために大事なことは健康寿命と平均寿命の間を短くしていくことであり、それには看護師の皆さんの力が必要です。地域や「面」で高齢者をどう支え、どう目配りしていくのか、看護師の皆さんに期待したいです。今日はありがとうございました。
熊谷:ありがとうございました。
熊谷 雅美 プロフィール
1959年に神奈川県横浜市に生まれる。
1981年3月に神奈川県立看護専門学校を卒業し、1981年に済生会神奈川県病院に入職する。
1986年に神奈川県立看護教育大学校看護教育学科を修了する。
1987年に聖マリアンナ医科大学看護専門学校専任教員を経て、1992年に神奈川県立看護専門学校に専任教員として勤務する。
1997年に神奈川県衛生部医療整備課看護指導班に勤務する。
1998年に日本女子大学家政学部児童学科を卒業する。
2000年に神奈川県立看護教育大学校看護教育学科に専任教員として勤務する。
2003年に横浜国立大学大学院教育研究科学校教育臨床を修了し、教育学修士を取得する。また、済生会神奈川県病院に看護部長として入職する。
2006年に済生会横浜市東部病院に看護部長として入職する。
2007年に済生会横浜市東部病院副院長に就任し、看護部長を兼任する。
2013年に東京医療保健大学大学院マネジメントコースを修了し、看護マネジメント学修士取得。
2013年に第48回神奈川県看護賞を受賞する。
2013年 認定看護管理者