第39回 ナースは見た / 医療現場の裏側!?

第39回  残暑お見舞い申し上げます

彼女は私が働いていた病院の同僚でした。

自分の母親程年の離れた彼女は、いつも何かと気にかけてくれて、余り実家に帰らない私にとって、それこそ母親みたいに何でも話せた人でした。

仕事の愚痴
彼氏との喧嘩
将来の事

いつも彼女は仕事中に私をこっそり呼び出して、

「ナイショね。」

と、悪戯っぽく笑っては、パンパンに膨らんだポケットから缶ジュースを出して、ふたりで隠れて飲んだりして。

「君、うちの息子の嫁に来なよ。」
「美味しい中華料理屋さん見つけたから、今度一緒に行こう。」

そんな他愛無い会話をしたりもしました。

私が看護師を辞めて、今の道に進む時、色んな人から反対される中、
「頑張っといで!」
と、背中を押してくれた数少ない人の一人でもありました。

仕事を辞めて一年が経とうという頃、友人から電話がありました。

「Aさんが倒れた。」

頭が真っ白になりました。
当直バイト明けのその足で、新幹線で病院に飛びました。

くも膜下出血でした。
出血範囲が広過ぎて、もうオペの適応にもならない状態だと聞きました。

自分が働いていた、歩き慣れた病棟。
自分がいつも使っていた、見慣れたレスピレーター。
見慣れた輸液ポンプ。
見慣れた病室。
だけど部屋の中央にいるのは、見たことも無い彼女の姿で。
辛いよりも、悲しいよりも。
怖い、と感じてしまいました。

不謹慎かもしれないけど、心の底から病院を辞めていて良かったと思いました。
毎日、あの彼女の姿を見ながら、仕事ができるとは到底思わなかったから。

残暑の厳しい9月半ば、彼女は息を引き取りました。
結局、約束していた中華にも行けないまま。
今の仕事のライセンスを取れたと言う報告も出来ないままになってしまいました。

以前もこのコラムで書かせて貰いましたが、私は今、亡くなった方とご遺族の最後のお別れをお手伝いする仕事をしています。

仕事をしているとどうしても、

「この方の場合はお体の状態が良くないから、これ以上は出来なくて仕方ない」

だとか、

「ここが限界だから、仕方ない」

だとか思ってしまう事があります。
勿論、私達の仕事だって万能なんかじゃないから限界はあります。
正直それはどうしようもない事だとも思います。

だけどそんな時、ふと考えたりもします。
目の前に眠っているのが彼女だったら、私は簡単に「仕方ない」って言えるかな、と。

今年ももうすぐ、彼女の命日が来ます。
私は今日も自分の仕事を、自分に出来るだけの事を、精一杯頑張ろうと思います。

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