以前にも書きましたが、改めて「特定看護師」について考えてみたいと思います。先日、医療福祉チャンネル774(スカパー)の「黒岩祐治のメディカルリポート」でこの問題を取り上げました。スタジオゲストは日本赤十字看護大学教授の川嶋みどり氏と日本医師会常任理事の羽生田俊氏、そしてレギュラーコメンテーターの精神科医・和田秀樹氏でした。
特定看護師というアイデアは、今年3月、厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」の中で出てきたものです。川嶋氏も羽生田氏もその検討会のメンバーですから、どんな議論の中で出てきたものなのか、率直に聴いてみました。ところがなんと、二人とも反対だというのですから驚きました。
日本医師会が反対なのは分かりますが、看護界から参加している川嶋氏までが反対とはどういうことなんでしょうか?しかも、二人のメンバーが反対しているものが、どうして検討会の結論のように伝えられたのでしょうか?
私は最初に特定看護師と聞いて、てっきり日本版ナースプラクティショナー(NP)ができることになったのだとばかり思っていました。ナースプラクティショナーとはアメリカのナースの資格で、医師の指示なしに診療を行なうことが許されています。日本語では「診療看護師」と訳されています。
ところが、今回の特定看護師は限定された医療行為を行なえる点では似ていますが、医師の指示が絶対条件となっている点が大きく異なっています。ちなみに認められる医療行為とは、傷口の縫合や、CT・MRIの検査のオーダー、気管挿菅などです。5年以上の臨床経験を持つ看護師が2年の教育課程を受講すれば、取れる資格ということです。
特定看護師のアイデアが出てきたプロセスについて、羽生田俊氏は言います。
「全部で11回の会合があったのですが、この特定看護師の名前が出てきたのが10回目でした。それまでの議論はチーム医療の実際のヒアリングをしていました。その中で、看護師さんの仕事が診療の補助に当たるのか、それとも医行為になっていて法律違反になるのか、(現場では)心配しながら働いているということが議論になりました。それをキチンと整理をしようという話をしてきた。それが何故か、グレーゾーンを特定看護師という資格を作ってやろうという話が急に出てきたんです」
急に出てきたアイデアだという点では川嶋みどり氏も認めています。
「あくまでチーム医療の推進のためにみんなの専門性をどのように発揮していくかという話になるのかなと思っていたら、だんだん看護師の業務にフォーカスが集まっていって、看護師の業務を拡大するということになってしまったんです。ある日突然と言ったらおかしいのですが、まさにそんな感じで特定看護師という話は出てきたのです」
羽生田俊氏は反対する理由を次のように述べました。
「今まで医行為についてはグレーゾーンと称しながらもみんなで一致してやってきたんです。人員が足りない地域では看護師がやってきていました。しかし、特定の医行為が特定看護師しかできないとなれば、看護師の業務が縮小し、5年以上の経験を持つ看護師の争奪戦となり、地域の現場は大混乱に陥りますよ」
川嶋みどり氏は反対する理由を次のように語りました。
「(ある医行為が)特定看護師しかできなくなってしまったら、一般の看護師は困りますよ。グレーゾーンのところをゼネラリストであるナースがやっている部分はかなりあるんです。認定看護師の中には医師よりも高い能力を持っている人もいる。それを資格化してしまって、この人しかしちゃいけないよと言ってしまうと、今度は患者さんの立場から考えるといろいろシビアな問題が出てくると思います」
日本看護協会はインタビューには答えてくれましたが、スタジオ出演には応じていただけませんでした。副会長の阪本すが氏はインタビューの中で、特定看護師に賛成する理由を次のように語りました。
「チーム医療をどのようにしていくかという議論の中で、患者さんや医師から(ある程度の医行為のできるナースへの)要望があったんですね。しかもこれはナースたちのキャリアパスにもなりますから、特定看護師については積極的に受け入れていくという考え方でいます」
川嶋みどり氏は明らかに日本看護協会とは違う見解のようでした。それならば協会には余計にスタジオに来て、しっかりと主張を展開して欲しかったと思います。川嶋氏の反対理由をさらに聞いてみると、これは「看護とは何?」という根本まで遡らなければ、出口の見いだせない問題のような気がしてきました。
川嶋みどり氏は言います。
「私は医師のアイデンティティーを奪ってまで、看護師が偉くなろうとしなくてもいいと思います。看護師は看護をやればいいのです。傷口を縫う前に予防しろと言いたいです。それが看護なのです。いきなりドクターの仕事に近づいて縫合したり、洗ったりできるよというのはいかがなものでしょうか」
議論を聞いていた精神科医の和田秀樹氏は次のようにコメントしました。
「これから高齢化が進んでいく過程で、ナースの仕事も増えてくるでしょう。療養に関しても私が見る限り、ナースがいい病院は患者さんの予後もいい。そういうのを目の当たりに見ていると、どこまでがグレーでどこまでをナースに任せたらいいのかを今、決めなければいけないのか?せっかくうまくやれているのにもったいないんじゃないでしょうか。患者層も変わっていく中で、まだいろいろな問題が未解決なままなのだから、もう少し、線引きが見えてくるまではむしろグレーのままでいいと思います」
私は前回、この欄に寄稿した際には、とりあえずの第一段階としては特定看護師を認めていいのではないかと主張しました。しかし、今は考え方が変わりました。アイデアそのものの唐突感は否めず、十分に議論され検討されたとはとても言えないようです。日本看護協会は見解をまとめてはいますが、十分な議論の末にまとめられたものではなさそうです。
私は日本版ナースプラクティショナーには賛成です。そこまでやる気があり、しっかりと教育を受けた、レベルの高いナースに道を開くことは大賛成です。同じ診療でもドクターとは一味違ったナースからのアプローチに患者として大いに期待したいと思います。しかし、その第一歩として特定看護師のような中途半端な資格を認めるべきかどうかということです。
メディアの最前線にいた私の勘として言います。もしここで特定看護師制度を認めたなら、診療看護師の芽はなくなると思った方がいいでしょう。私はあくまでも一般国民にどう理解してもらうかということだけを考えています。特定看護師ができた段階で「医行為ができるナース」というのは実現したと一般国民は理解するでしょう。
今でさえ、「認定看護師」や「専門看護師」などがすでにあって、「特定看護師」を説明するだけでもたいへんなのです。医師の指示の下とはいえ、「医行為のできるナース誕生!」とメディアで伝えられたら、もはや先には行けません。それは間違いなくゴールです。ナースですらキチンと理解できないような複雑な話を一般国民が理解できるはずもありません。
特定看護師ですら日本医師会は反対しています。ましてや、診療看護師などは容認するはずはありません。現状では、特定看護師に対して日本医師会は反対とはいえ、検討会での合意を容認したことからも分かるように、絶対反対の姿勢ではないのです。もし、ここで日本医師会を無理やり説得して特定看護師を認めさせたとしたなら、それこそまさに日本医師会の思うツボです。そこで幕は引かれてしまうでしょう。
診療看護師への道が容易でないことは分かっています。しかし、日本医師会の大きな壁を超える大勝負はその時に集中するべきではないでしょうか?とりあえず…ということで、中途半端な資格を作ったらどうなるでしょうか。私にはかつて准看制度を作った時のことがダブって見えてしまうのです。同じ轍は踏むべきではないと私は思います。
ただ、看護界として、ほんとうに診療看護師を目指すべきなのかどうか、腹が固まっているのでしょうか?川嶋みどり氏の問題提起もありましたが、そもそも看護とは何か?という根本も含めて、もっともっと真剣な議論の積み重ねが必要ではないでしょうか?
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