第53回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

第53回 漢方医学の行く末は患者目線で

 厚生労働省の科学研究費特別研究「漢方・鍼灸を活用した日本型医療の創生のための調査研究」が始まり、私がその班長に就任しました。フジテレビを辞めても自分はフリージャーナリストという立場で仕事をしていこうと思っていただけに、まさか、こういうことになろうとは思ってもいませんでした。

 要するに、私が国際医療福祉大学大学院の教授になったので、研究者としての扱いになるのだそうです。事務局から「研究者番号を提出して下さい」と言われ、いったい誰のことだろうって思ったような次第です。恐る恐る大学院の事務に話をすると、早速手続きをしてくれました。こうして無事に私は研究者としての第二の人生を始めることになったのです。未だに実感はわいてきませんが…。

 そもそもどうしてこういうことになったのか。それは、父の末期の肝臓ガンが漢方と西洋医学の融合した治療によって完治したという闘病記、「末期ガンなのにステーキを食べ、苦しまずに逝った父」を出版したことがきっかけになりました。今回の研究会のテーマがまさに漢方と西洋医学の融合であり、私がジャーナリストとして実現を目指したいと思っていた内容そのものだったのです。私は父から託されたミッションのように感じざるをえませんでした。

 私にこの話を持ちかけてくれたのは、慶應大学医学部漢方医学センターの渡辺賢治准教授でした。慶應大学医学部には数年前に漢方医学講座ができましたが、これを作るのに大きな功績のあったのは、渡辺さんの師匠とも言うべき元慶應大学医学部長・元慶應大学病院長の北島正樹先生です。北島さんは元日本外科学会会長で、内視鏡手術の第一人者、王監督の主治医としても有名な先生です。

 西洋医学界の漢方に対する侮蔑的な見方に私自身、接することが多かっただけに、西洋医学の殿堂ともいうべき権威の頂点にも位置する慶應大学医学部に、よくぞ漢方医学講座ができたものだと、不思議に思っていました。しかし、北島さんの話を聞いてその謎が解けました。

 慶應大学はアメリカのハーバード大学と漢方の共同研究をすることで実績を重ね、講座開設にこぎつけたというのです。漢方なのに中国と組むのではなく、アメリカと組んだところが北島さんのうまいところです。漢方の世界に科学の眼を持って切り込んでいこうとしたところが評価されたのでしょう。

 この北島さんが9月から私の所属している国際医療福祉大学学長に就任されました。いわば私の上司になったのです。彼が真っ先に手をつけたのが、薬学部に先端漢方医薬学教育センターを作ったことでした。薬剤師教育の中から漢方にアプローチしていこうというのです。漢方は生薬を使った治療でもありますから、それに精通した薬剤師を育てようというのは実にうまい発想です。

 先日、国際医療福祉大学で先端漢方センターができたことを記念してセミナーが大田原市のキャンパスで開かれ、父のガンを消滅させてくれた劉影(リュウイン)先生と私でトークショーを行なってきました。一般市民も大勢、参加されて、みなさん熱心にメモを取りながら、真剣に聴いて下さいました。

 このように北島先生、渡辺先生とつながって、私の漢方への道は一気に拓けることになったのです。私がフジテレビを辞めて独立したのが10月ですから、2ヶ月半の間に事態は急展開しました。その過程でたまたま、鳩山政権の行政刷新会議の事業仕分けによって漢方薬が保険適用から外されるという話が出てきました。関係者の間では大騒ぎになっていましたが、一般的には全く記事にもなっていなかったので、私が産経新聞に寄稿しました。

 すると、それが火をつけたカタチとなり、各メディアも取り上げ、ネットでの反対署名も100万を超えるほど集まり、保険適用は継続されることになりました。結果的には怪我の功名とでもいうべきでしょうか。漢方は一躍、注目の的となったのです。

 そんな中で研究会が始まったのです。「無駄を削れ!」という大号令の下にも関わらず、新しい研究会がスタートしたというのは、たいへんなことです。それは民主党のマニフェストの中に「統合医療の確立と推進」とあり、「漢方」が真っ先に取り上げられていたからです。鳩山総理は民主党の統合医療を実現する会の会長でもありましたから、当然と言えば当然と言えます。事業仕分けで切ったこと自体がむしろ異常だったのです。

 研究会スタートのプレイベントとして、12月10日、慶應大学医学部北里講堂で漢方セミナーが開かれました。鈴木寛文科省副大臣、足立信也厚労相政務官らにも参加していただき、研究会で検討する課題を浮き彫りにする活発な討論を行ないました。西洋医学の限界を補うための漢方の有用性を認めたうえで、いかにして日本の新しい医療として根付かせていくか、エビデンス(効果がある証拠)をいかに取るか?医学教育の中で求められる人材とは?生薬の安定的確保にむけての課題は?漢方をめぐる国際環境の分析と対応などが指摘されました。

 23日は休日にも関わらず、第一回目の研究会が開かれ、まずは人材育成の課題から、突っ込んだ討論が始まりました。私以外の研究員はみなさん医学博士や薬学博士です。それぞれ専門的な立場から、具体的な提言をいただきました。特に医師国家試験に漢方を入れるべきだというのは、分かりやすい提言でした。

 鍼灸師が病院の中でも治療ができるようにすべきという提言も、しごく真っ当な内容だと思いました。しかし、開業権を侵されるとのことで、鍼灸師自身の強い反対があるのだと聞き、事態の複雑さも知ることとなりました。そんな中で圧巻だったのは、協力研究員としてメンバーに名を連ねていた伊藤忠商事の会長、丹羽宇一郎さんの発言でした。

 国民に幅広く認識してもらう必要があるという思いから、私が旧知の丹羽さんにお願いし、メンバーに加わっていただいたのでした。会長職だけでなく、政府のお仕事もたくさん抱えられて超多忙な丹羽さんですから、とてもお引き受けいただけないだろうと思っていました。ただ、以前に会食した際に漢方の話をしたところ、たいへん興味を持たれたようだったので、ダメ元でお声をかけたところ、快諾して下さいました。しかも、第一回目の会合にキチンと参加して下さったのです。

 丹羽さんの主張は明確でした。「専門家の先生が漢方は大事だ、専門家を増やさなければならないといくら理念ばかり訴えても、空論になりかねない。漢方の専門家になったらこんないいことがあるとかを具体的に提示するべきではないか?基本的に患者からの目線で議論しなければ、現実味を帯びた話にならないのではないか?」

 プレゼンをしていた専門家の先生たちも一瞬、虚を突かれたように押し黙りました。まさに最も重要な視点をワンポイントで指摘して下さったのです。専門家は専門バカに陥る危険性を常にはらんでいます。誰のためのなんのための改革か?それは患者のための改革でない限り、単なるある業界団体の利益を擁護するためだけの陳腐な議論になってしまうかもしれません。

 この丹羽さんの一言によって、私自身も大いに自信をいただくことになりました。つまり、患者目線の代表として私がこの班長を務めているのであって、それはとても大きな意味があるということを再認識させていただいただいたためです。私の父に起きたような奇跡的な感動体験をより多くの人に味わってもらいたいという思いが、私を支えています。そのために私たちは何を克服すべきなのかを整理し、実践していこうというのが、この研究会の目的でもあるのです。私は徹底的に患者目線に立ち続けようと、改めて決意を固めた次第でした。

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