不妊カウンセラーとして働く助産師
川島 真佐美さん(仮名)
今回ご紹介する助産師さんは、1973年生まれ。看護師・助産師の資格を持ち、産婦人科外来で働く傍ら、日本不妊カウンセリング学会認定の不妊カウンセラーの資格を取得。現在も都内の産婦人科外来で不妊治療に携わる。日本アロマ環境協会のアロマセラピーアドバイザー資格を有し、一般の心理カウンセリングについても勉強を進めるなど、患者へのより良い精神的サポートのため技量を磨いている。
看護学校時代から、性教育・月経教育に興味がありました。助産師として働くようになってからも妊娠や出産をうまく受け止められない人たち、そして受け止められない自分を責める女性たちに関わり、学んでいくうちに不妊に悩む人たちの役に立てたらと考えるようになりました。
壁を乗り越える苦労と、それゆえのやりがいですね。なにも治療せずに妊娠・出産ができる人と違い、大変な不妊治療を乗り越えなければなりません。その苦しい道のりを知っている分、妊娠できたときの喜びも大きいんです。
不妊治療というと、人工授精・体外受精などを思い浮かべる方が多いでしょうが、そうした高度医療は費用的にも高額なため、最初から用いることは通常ありません。基本的にはスクリーニング検査(基本検査)で不妊の原因を調べてから、タイミング療法(排卵と性行為のタイミングを合わせる療法)を試みるケースがほとんどです。また排卵に問題がある場合は排卵誘発剤を用いたりもします。
そうですね。一番心配されるのは「多胎」(双子以上の妊娠)でしょうか。確率的にはそれほど高くないのですが、それでも自然妊娠に比べれば高くなります。また「卵巣過剰刺激症候群」といって、腹水がたまることでお腹が張ったり脱水症状を起こしたりすることもあります。
排卵誘発剤には内服薬と注射薬の2種類あります。なるべく最初は身体への負担や副作用の少ない内服薬から始めますが、効果が見られない場合は注射薬を使用します。
はい。人工授精の方法は簡単で、排卵日に合わせて精液を子宮内に注入します。受精は自然の性行為の場合と同じで、精子と卵子が卵管内で出会い、受精するのを待つ方法です。妊娠率は7%〜10%で、状況によっては排卵誘発剤と併用したりします。
この方法は精子の運動率が悪いあるいは数が少なかったり、また子宮頚管での精子の上向性が阻害されて精子が子宮内に入れないケースなどに対して有効です。
体外受精は、卵巣から卵子を採取して体外で精子と受精させ、その受精した受精卵を子宮内に戻す方法です。妊娠の確率は約30%といわれていますが、女性の年齢や施設によって違ってきます。
そうですね。以前では妊娠をあきらめなければなかったような方でも妊娠を期待できるケースが増えてきました。それでも体外受精をすればすべての人が妊娠できるわけではないので、万能の方法ではないということも知っておいてもらいたいですね。
顕微授精は、体外受精の技術をさらに高めたもので、男性側の精子に重度の問題がある場合———例えば、精子の数や運動率に問題があり、一般の体外受精では妊娠が期待できない場合などに有効です。
体外受精が卵子に対して精子をかけて自然に受精するのを待つのに比べ、顕微授精は、精子を卵子に直接注入し受精させます。元気な精子がかなり少なくても精子が原因の不妊症に一定の効果を期待できます。
【基本検査】
→タイミング療法→人工授精→体外受精→顕微授精
※ 先に進むほど高度医療で、費用も高い
※ それぞれの治療で、状況に応じて排卵誘発剤を用いる
学会が着床前診断を認めるケースは遺伝性の難病のみで、極めて限られています。無軌道に認めてしまうと、親の都合で生命を選別してしまうことになるからです。なお「習慣流産」については必ずしも染色体異常ばかりが原因ではありません。着床前診断をしても全てのケースが解決されるわけではないことは、強調しておきたいですね。
(※着床前診断 体外受精した受精卵について、あらかじめ受精卵の染色体や遺伝子の異常の有無などを調べる診断。「生命の選別につながる」と反対意見も多い)
はい。不妊カウンセラーの資格は持っていますが、実際の業務の中ではじっくり患者様お一人お一人に時間をとることは難しいのが現状ですそれでも、診察後に時間を取ったり、電話やメール相談を通して可能な限りお話を伺うように心がけています。
もちろん不妊治療に対しての迷いを抱えた人が多いですね。例えば長年の不妊治療に疲れ果ててしまった、でもここでやめたらもう子供を授かることはできない…そんな葛藤を多くの方がお持ちです。
カウンセラーの役目は「決定」ではありません。決定するのはあくまで患者さんです。後悔しない決定をするためには、患者さんがご自身の中で色んなことに気づく必要があります。私たちの仕事は、お話しすることでその「気づき」を引き出すことです。
例えばこんなケースがありました。子供が欲しいと奥さまはおっしゃるのですが、よくよく話を聞くと、根本にはご主人との関係を良くしたいという願望があったのです。「子供ができないと離婚されるかもしれない…妊娠すれば主人が振り向いてくれる」と。ところが一方のご主人は、「妻が頑張っているから治療に協力はしているが、痛い思いをさせてまで子供は欲しくない。妻がいてくれればそれでいい」というのが本音だったのです。
結局このケースは妊娠に至りませんでしたが、お互いの関係を見直すことで、夫婦の絆がとても強くなりました。妻と夫が互いに気をつかうことで、すれ違ってしまっていることも多くあるんですね。
産婦人科にいらっしゃるのは、たいてい奥さんの方ですね。男性側に問題がある場合、夫とのコミュニケーションが取れないと、関わり方が難しくなりますね。
夫婦間で意思の統一ができないケースも問題です。ご主人の賛同を得られないまま、奥さんが一人で不妊治療を頑張る…大変孤独な闘いになります。治療によっては非常に苦痛を伴うものもあり、奥さんが疲れ果ててしまうことも多いです。
排卵誘発剤、特に飲み薬ではなく注射で投与するものは苦痛です。1週間から10日、毎日注射に通わないといけません。毎日針を刺されるのは大変な痛みですし、注射後だるくなったり体が重くなったりします。最近は良い薬剤も開発され、昔よりは楽になっていますが、それでもまだまだ女性には辛い治療です。
そのほかにも、採卵されるときの痛みや麻酔の影響で頭痛などが起こることもありますし、受精卵を体に戻した後は注射や坐薬でのホルモン補充が必要です。もちろんその間は、極力無理をしないように生活していなくてはいけません。
私の知っている方で46歳で治療されている方もいますが…43歳を過ぎると卵子の問題から、妊娠は厳しくなりますね。可能性はゼロとは言えませんが、奇跡のようなものだと言わざるを得ません。もちろん母体へのリスクも、年齢に伴い上昇します。
また35歳以上の妊娠は、ダウン症などの染色体異常をもった赤ちゃんが生まれてくる確率も上がります。ダウン症の場合、今の技術では妊娠後に検査を受けてみないとわかりません。私たちとしてはインフォームド・コンセントを徹底しなければいけないと思います。
それと同時に治療を受けられる方々も、ご夫婦にとっての子供を持つ意味をしっかり考えていただきたいですね。たとえ五体満足の子供でなくても、授かりものとして受けとめる———そうした覚悟を持って、治療を受けていただきたいと思います。
もちろん、頑張って両立されている方もいますが、仕事との折り合いをつけるのは非常に大変なようです。どうしても勤務時間中に会社を抜けなければいけない…周囲には「どうして途中で帰るんだろう?」と思われますよね。その結果、昇進をあきらめたり、パートや契約社員などに変えるということもあるようです。
はい。興味の目で見られることも、女性には大変な苦痛です。セクハラもあるみたいですね。結婚してしばらく子供ができないと、「作り方を知らないの?」「俺が代わってあげようか?」なんて会社で言われたケースもあるそうです。あとは例えば結婚式のスピーチですね。「幸せなお二人に早く二世が…」といったスピーチ、言っている側に悪気は無くても、子供に恵まれないご夫婦にとってはプレッシャーです。
難しいですね。言ってしまうといろいろと干渉されることもありますし、「人工的な手段で妊娠すると、弱い子供ができるのではないか?」と不安を抱かれ、反対されてしまうケースもあります。また、打ち明けないことで誤解されることもあります。専業主婦の女性が治療のために頻繁に外出しなければならないと、お姑さんが「あの嫁は、こんな昼間からどこに行っているのかしら?」とまるで遊んでいるように思われたりすることもあるようです。最近では、お互い気遣って子供の話はタブーになっている家庭もあると聞いています。気を遣ってくれているのに応えられないと自分を責めてしまうという問題も出てきています。
長く子供ができないと、どうしても嫁ぎ先で気まずい雰囲気になってしまいがちです。そんな中で、夫やその家族に申し訳ないと、女性が自責の念を抱いてしまうのです。
男性側が原因の不妊も多いのですが、いまだに日本では子供が生まれないと女性側が原因と見られてしまうことが多いですから。周囲の理解不足が、過度に女性を追い詰めてしまっていると感じますね。
日本は昔から基本的に男系社会です。夫が長男である場合、夫の両親は「跡継ぎの男の赤ちゃんを産んでくれ」と奥さんに願います。その家が代々受け継ぐ仕事があると特にそうで、何十代と続く職人さんの家、また世襲のお寺などでは、家業を継承する男子が求められます。実際にその様な辛い状況の女性が多くいるのが現実です。
日本不妊カウンセリング学会の認定資格で、講座に参加すれば一般の方でも取得できます。ただし講義のレベルは高めで、基本的なことは理解済みという前提で講義は進みます。不妊看護を仕事にする私たちにはともかく、一般の方には少し大変かもしれません。でも興味のある人は自分で調べて、アクションを起こしてみたら良いと思います。
色々あるのですが、一つ例を挙げると安易に「頑張りましょう」とは言わないことですね。私のところにいらっしゃるまで、もう十分「頑張ってきた」人たちなんです。「これ以上、頑張れることは何もない」と、限界に達した人も多くいますからね。
基本的に、カウンセラーはどんなケースにも対応できなくてはいけないと思うので、対処できないケースは自分の未熟さが原因だと考えています。まあ、それでも難しい点を上げますと…。
カウンセラーに意思決定を求められるケースでしょうか。今後の治療法について医師からご夫婦で決めて下さいと言われ困って相談されるケースもあります。�決定する�ということはどんな事を決定にしても勇気がいることですが、やはり自立心を持って治療に望まれてほしいと思っています。
また、夫婦の治療に対する意思統一ができていない場合ですね。ご主人の精子に問題があり、奥さんが一緒に治療しようと説得したケースがありました。ところがご主人が現実を受け止められず、パニックを起こしてしまったんです。ご主人とコミュニケーションが取れないまま時間ばかり過ぎて、奥さんの焦りがつのっていく…見ていて辛いケースでした。
そういうことも多いです。しかし壁が大きい分、乗り越えられた時の喜びはとても大きいですね。もちろん上手くいかないケースがあるのも現実ですが、患者さんにより良く、悔いのない決定をしてもらうために少しでも良いカウンセリングをしていきたいと思います。
私の場合、転職にあたっては「不妊看護を専門にできる職場に行きたい」と目的意識は、はっきりしていました。ですからもし転職をするならば、自分の目的をしっかり考えた上で仕事を選んで欲しいです。
ただ一つだけ言っておくと、「逃げの転職」だけはやめて欲しいですね。例えば人間関係が嫌だといって職場を変えたとします。しかし本当にやりたいことをはっきりさせないまま転職しても、上手く行くはずがありません。転職自体はもちろん悪いことではありませんが、モチベーションを高く持って働ける職場を選ばなくてはいけないでしょう。
「患者さん対カウンセラー」ではなく、「人対人」の関わりができるようになったらと思います。そのためにも人の痛みや苦悩に対し、常に敏感でありたいです。患者さんの言葉だけでなくその根っこにある心を汲み取ってあげられる———そんなカウンセラーになりたいと思います。
カウンセリングとは、患者さんの深層心理を引き出すことで、その意思決定をサポートするものです。相手に対するいたわりと、深い人間理解が不可欠な仕事ですから。